約4300万人。これは日本にいるとされる高血圧患者数だ。現在の診断基準値は収縮期血圧(最大血圧)140mmHg、拡張期血圧(最小血圧)90mmHg。これを超えると高血圧と診断されるが、そもそも「基準値」という考え方が時代遅れだと銀座薬局代表で薬剤師の長澤育弘さんは話す。
「高齢になれば誰でも血管の弾力が失われて血圧が上がります。すべての年代に一律の基準値を適用するのは無理があり、個々人の状況に応じて高血圧のリスクを判断すべきです」
特に女性は年齢を重ねると、ホルモンの減少の影響で健康に異常がなくても血圧が高くなることも知っておきたい。問題は基準値だけを見て、機械的に降圧剤を処方する医師が多いことだ。現に厚労省の調査によれば、70代以上の女性の過半数が降圧剤をのんでいる。しかしそれが悪い結果を招くこともある。埼玉県在住のSさん(72才)は血圧が140を超え、医師の指示で利尿薬をのみ始めたら体調に異変が生じた。
「手足のしびれやふらつきが出るようになり、次第にそれが悪化して、睡眠中に足がつって激痛で目が覚めるようになりました。ついには庭の縁石を踏み外して転倒し、足首を折って入院。整形外科医の助言で薬に原因があることがわかり、降圧剤をやめると徐々に体調が回復しました」
高血圧を専門とする新潟大学名誉教授の岡田正彦さんが指摘する。
「血圧が低いほど健康で長生きできるのは事実ですが、だからといって薬で血圧を下げることはリスクを伴います。実際に欧米の研究によると、70才を超えると降圧剤のデメリットがメリットを上回る。例えば、降圧剤が効きすぎて血圧が急激に下がり、認知機能の低下やふらつき、失神や転倒といった副作用が生じます。服用を中断したら認知症の進行がゆるやかになったとのデータもあります」
医師の判断で降圧剤をのむ場合は薬の種類に注意したい。医療に詳しいジャーナリストの村上和巳さんが言う。
「比較的新しい薬である『ARB』は実は心臓疾患がすでにある人では、それほど効果が高くないことが近年、わかってきました。そのため多くの医者は一世代前の『ACE阻害薬』に戻していますが、不勉強な医者はARBを使い続けています。また、いまの暑い季節に高齢者が利尿薬をのむと脱水症状が出やすくなって危ない。季節リスクを考えず一年中利尿薬を出し続ける医者にも気をつけたい」
新薬は必ず効果があるはず、との思い込みも避けたい。
「一般的に新薬は値段が高いことが多く、製薬会社の猛プッシュで多くの医師が使いますが、効きすぎることが懸念されるうえ強い副作用が潜んでいる可能性がある」(岡田さん)
副作用の弊害を避けるためには薬を使わずに血圧を下げるべく生活習慣の改善が必須だが、王道とされる「減塩」はやりすぎると逆効果。
「特に高齢者が過度な減塩を試みると、血中のナトリウムが不足して低ナトリウム血症が生じる恐れがあります。症状は吐き気や嘔吐、脱力などで、重症になると昏睡やけいれんが生じて命にかかわる。高齢者は無理な減塩を避け、みそやしょうゆなどから適度に塩分を摂ることができる伝統的な和食を心がけてください」(岡田さん)