「渡る世間は鬼ばかり」とはまさにこのことである。故・橋田壽賀子さん(享年95)のもとで、22年もの間経理を担当してきた女性が、橋田さんが設立した財団のお金を長年にわたって着服していたのである。悪事に手を染める数年前までは、平凡だった中年の女性が、なぜ横領を考え、破滅していったのか。きっかけはふと目にした百貨店のきらびやかなディスプレーだった。
東京・足立区のとあるターミナル駅。商業施設や商店街があり、にぎやかな雰囲気が漂う駅前には、築40年ほどの大規模マンションが建ち、多くの家族や夫婦が出入りする。その一室に、毎日ひとり帰宅する女性がいた。暗い色の髪には白髪が交じり、メガネを掛けた化粧っ気のない顔にはしわが目立つ。「地味な女性だった」──近隣住民は口を揃える。どこにでもいるような、目立たない女性。しかし、その様子には違和感があった。
「よく見るとバッグや靴は高級ブランド物。いつも新品のように見えたので、似たようなものをいくつも持っているようでした。大きなオレンジ色のブランド物の紙袋を肩から下げて帰ってきたのを何度も見ました」(近隣住民)
笑みを浮かべながら脇に抱えた紙袋の中身は、彼女の人生を狂わせた“魔性の代物”だった。
2021年4月に亡くなった脚本家の橋田壽賀子さんが設立した一般財団法人橋田文化財団で現金約1100万円を着服した業務上横領の疑いで、元経理担当の女性が逮捕された。冒頭のマンションに住む大堀たまみ容疑者、66才だ。財団に22年も勤めたベテランだった。
橋田文化財団は、『おしん』や『渡る世間は鬼ばかり』(以下、渡鬼)をはじめ、多くの人気ドラマを手掛けていた橋田さんが、私財を投じて1992年に設立。放送文化に貢献する個人や団体に贈られる「橋田賞」も運営しており、過去には脚本家の山田太一氏、俳優の西田敏行(75才)、水谷豊(71才)、安住紳一郎アナウンサー(49才)らが受賞している。
「設立と運営には、数億円ともいわれる“橋田家の私財”が使われています。1989年に亡くなった橋田さんの夫の遺産のほか、『渡鬼』で得た収入や、講演料もつぎ込んだ。橋田さんは遺言にも“遺産はすべて橋田文化財団に寄付する”と書いていたそうです」(テレビ局関係者)
しかし橋田さんが亡くなり、財団が経理状況を確認すると、処理に不自然なところが見つかったという。
「すぐさま内部調査を行うと、大堀さんが着服を認めた。財団は警察に相談し、2022年3月に大堀さんを解雇。それから1年半近く経っての逮捕となりました」(財団関係者)
同財団の理事を務める医師の中原英臣さんは「脇が甘かったのでしょう」と苦渋の表情を浮かべる。
「通常なら、経理の仕事は2人以上で担当し、ダブルチェックをするもの。それなのにあの女性ひとりに任せていたというのだから。最初は少額でやってたんじゃない? 誰もチェックしないからやめられなくなっちゃったんだろうね」