もし身内が認知症を患ったらどうなるのか──。『女性セブン』の名物ライター“オバ記者”こと野原広子氏は、認知症が人間関係を壊してしまいそうになる瞬間を体験した。オバ記者が綴る。
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なんでもそう。人は自分の目の前に迫ってこないと何もわからないんだな、と日々実感しているんだけどね、今回私がそう思ったのが「認知症」よ。
同世代の知人が認知症の母親との日々をSNSで配信していて、クスリと笑ったり、ほっこりしたり、時には考えさせられたりしていたけど、私が目にしたのはそんな生易しいもんじゃない。家族関係を破壊しかねないほどのことだったの。
叔母、つまり母親の6才年下の妹(88才)は一戸建てに叔父亡き後、ひとり暮らしをしてきたけど、その叔母がおかしくなったのはいつだったかしら。子供の頃は、東京での寄宿先として毎年夏になると滞在していたし、私が上京してからは実家もどきよ。それが、叔母が60代後半になった頃から行くとイヤな思いをするようになったの。
ふとした言葉のやり取りから「だからお前ダメなんだよ」と頭ごなし。「いい気になってんじゃないよ」「ふんっ、くだらないッ」と私をつぶしたうえで、自説をとうとうと述べる。でもこれを私は認知症と思ったことはない。ちょうどその頃、叔父が亡くなったので寂しいんだろうなと、どこかで同情していたんだわ。
だからといって、顔を合わせたらイヤな思いをすることが決まっている人に会いたくはない。何かのはずみで怒鳴り合いになり、「ああ、もう次に会うときは、彼女が写真になったときだわ」と、キッパリと心に刻んだこともある。
そんな関係が好転するきっかけになったのが、叔母より3才年上のO氏(91才)の出現だ。町会の仕事で知り合ったとかで、叔母いわく、「とにかく面白い人だから会ってごらんよ。オペラが好きだっていうし、ヒロコちゃんと気が合うと思うよ」とやけにしつこい。そこまで言うならと会ってみたら、まあ、大正解! 話の面白さは私史上ナンバーワンで、最初は叔母と3人で会っていたけど、そのうち、最年長のボーイフレンドとして叔母抜きでご飯をごちそうになりだしたの。このO氏がまた無類の世話焼きで、叔母の家の困りごと全般を引き受けてくれるわ、猫のエサを買って届けてくれるわ。ほんと、O氏から受けた親切を数えたらきりがない。気のキツイ叔母もO氏の悪口だけは言わなかったもの。
それが2年前のあるとき、3人で食事に行こうと顔を合わせるなり、叔母とO氏がいつになくぎこちない顔をしているのよ。O氏が席を外した頃合いで叔母は「ったく、タクシーの道順のことでわからんことを言うから怒鳴っちゃったのよ」と言う。O氏にあとで確認したら、「いや、いきなり怒鳴るからビックリしたよ」と言う。まぁ、それが前兆だったのかもね。以来、キツイではすまない“おかしなこと”を言うようになったんだよね。
たとえば、義父の法事で茨城までひとりでやって来るなり、道中で起きたことを延々話してやめなかったり、いよいよもうダメだと思ったのは、あれだけ世話になったO氏に対する不信感を爆発させたことよ。
この春、叔母が「自宅の鍵をなくした」という騒ぎを起こしたので、心配したO氏が合鍵を2本作ってくれたの。その話を私はO氏から聞いている。ところが叔母は電話で「私、見たのよ。Oさんが知らない男の人にうちの鍵を渡しているところを。Oさんに聞いても『知らない、知らない』って。おかしいと思わない?」と言う。
叔母はこの話を自身の娘(58才)に話したの。娘は地方に住んでいて、O氏と会ったことがない。だから「私も忘れっぽくはなったけど、見たものは見たんだから」と強く言い張る母親の言い分を真に受けたの。もしこのとき、O氏と娘が顔を合わせて話していれば誤解は一瞬で解けたはず。だけど間の悪いことに、O氏は持病を悪化させて入院中。その間に、叔母と娘の妄想がふくらんで、「じゃあ、業者を呼んで鍵を変えよう」ということになった。
そしたら叔母と娘の間でO氏の悪者像がますますふくらんで、私からしたらとても正気とは思えないメールが送られてきたりしたの。日常の基軸がズレまくっている気持ち悪さといったらない。
「逃げろ!!」
そのとき私はそう思ったわよ。あとは法定相続人で解決して、と。まだら認知症のまだらの部分がある限り、親切が仇になる。きっと日本中でこういうトラブルが起きていると思うよ。