新聞連載開始は2021年6月。つまりその後の展開も見通せない中で、辻村深月氏はコロナ禍を生きる中高生の物語『この夏の星を見る』を書き始めたことになる。
「作中でどこまでコロナを扱うか、今はどの作家も悩むところだと思うのですが、2020年初頭に第1波が始まり、連載が2021年。今の時代を描くにあたって触れないわけにはいかないと感じました。だったらいっそコロナ禍1年目の中高生の話にしようと思って、3密を避けて活動できそうな部を考えた結果、天文部になりました」
舞台は3地点。茨城県立砂浦第三高校天文部2年の〈溪本亜紗〉と、渋谷区立ひばり森中学理科部1年の〈安藤真宙〉。そして長崎・五島列島の県立泉水高校3年〈佐々野円華〉は、本書の中盤まで何の関わりもなく、円華に至っては現在活動休止中の吹奏楽部の所属だ。そんな3人とその仲間達が、自作の望遠鏡を用い、時間内にいくつ星を導入できたかを競う〈スターキャッチコンテスト〉で知り合い、リモートで親交する姿など、当時日本で繰り広げられた良いことも悪いことも、ここには瞬間冷凍されている。
「元々『部活の話を書いてみたい』と思ってはいたんです。コロナ禍で部活が制限される中、天文部なら屋外でいいかもと思って調べてみると、天文関係の活動をしている部のほとんどが物理部や科学部だった。『そうか、星ってロマンチックに見えて理系なんだ』と、文系の私は自分に扱えるだろうかと青くなりました(笑)。それでも親切な高校生達のおかげで取材が進み、その後、絶対的な存在に思える北極星でさえ、実は時を経て別の星にかわっていくことなど、天文関係の知識もだいぶ増えました」
また野球部でも合唱部でもなく天文部を選んだ結果、本作は地球上に縛られない時間軸を獲得することに。
「たぶん宇宙を思うことで縮尺が変わるんですよね。当時、私達は物凄く目の前の何かに囚われ、人との距離も過剰に意識していた。でも星と星の間が何万光年もある宇宙を視野に入れることで、『東京から長崎なんてすぐ近所じゃん』みたいな感じがある。世界規模のパンデミックに散々振り回されたけれど、『それも地球の中だけで起きていることか』って不思議と思えてくるし、そうした点でも天文部にしてよかったなと、後から思いました(笑)」
まずは茨城の亜紗の場合。目標にしてきたコンクールの中止が決まり、〈仕方ないよね。合唱って今、一番やりにくいことになっちゃったし〉と諦めたように言う親友の〈美琴〉に亜紗は返す言葉が見つからず、自分達にはそもそも〈「今年」がまだない〉とも思う。〈感染予防のための休校で、亜紗たちの学校は「三月」と「四月」がごそっと消えた〉からだ。