7月中旬、都心の閑静な住宅街にある邸宅前に、1台のタクシーが横付けされた。先に助手席から降りた女性が、開いた後部座席のドアを覗き込むように身をかがめ、降車する男性の左腕を支えるように介添えする。右手で手すりをつかみ、左足、右足の順にゆっくりと足を地面について、女性の支えを借りて立ち上がったのは、歌舞伎役者の松本白鸚(80才)だった。
白鸚はややすり足気味に、一歩一歩ゆっくりと、邸宅の玄関へと向かう。小さな段差ですら、ことさら慎重に足を運んでいた。その足取りを恐る恐る確認しながら、女性は“万が一”にいつでも対応できるよう、すぐ後ろに手を差し出していた──。
白鸚を本誌『女性セブン』が目撃する約10日前の7月3日、今年9月に歌舞伎座(東京・中央区)で上演される「秀山祭九月大歌舞伎」に、白鸚が出演することが発表された。1月の「初春大歌舞伎」以来、約8か月ぶりの歌舞伎への復帰だ。
「『秀山祭』とは、初代・中村吉右衛門の功績をたたえる舞台です。今年は白鸚さんの弟で、2021年に亡くなった二世・吉右衛門さん(享年77)の三回忌追善の意味合いも兼ねますから、白鸚さんにとっても気持ちがこもる舞台となるでしょう」(歌舞伎関係者)
だが、周囲は白鸚の歌舞伎復帰を手放しに喜んでいるわけではない。背景にあるのは、彼の「健康問題」だ。白鸚は昨年「十一月吉例顔見世大歌舞伎」の夜の部に出演していたが、体調不良を理由に11月19日から途中休演。続く「十二月大歌舞伎」も休演し、千穐楽の12月26日の夜の部で、やっと復帰した。
「市川團十郎親子の襲名披露興行で、白鸚さんは團十郎白猿の親戚筋筆頭として出演する大きな節目の舞台でした。それほど大事な舞台を、責任感の強い白鸚さんが休演されたので、よほど体調がよくなかったのだと思います。“コロナに感染した”、“脳梗塞だ”、“腎臓に異常が見つかったようだ”といった噂が飛び交っていました」(前出・歌舞伎関係者)
白鸚は復帰の場で多くを語らず、「体を痛めまして」と客席の笑いを誘った。だが、事態は深刻だった。
「十一月歌舞伎の休演を発表した直後の11月下旬から、12月の中旬までの約3週間、白鸚さんは都内の病院に入院していました。自宅からほど近い総合病院で、入退院時は一般の人の目に触れないよう厳重な配慮がされていたそうです。退院後も、入院していた事実は伏せられています」(別の歌舞伎関係者)
そうまでして「極秘入院」を貫いた背景には、役者としての覚悟がある。
《役者というのはご要望があるうちは頑張らなきゃいけない、という考えですから(中略)怪我をしたり病気をしたりするのを公にするのは役者らしくないと思う。これはポリシーですね、私の。怪我も病気もいっぱいしましたけど、一切それは表に出さないで、舞台に立ってました》
白鸚は『婦人公論.jp』(2022年2月21日)のインタビューでそう明かしていた。だが、すでに80才を過ぎた名俳優に、年齢という波は確実に迫っていた。