また黒船はコストコだけではない。台湾が誇る世界最大の半導体受託製造(ファウンドリ)企業「TSMC」も熊本に進出した。時価総額5000億ドル、世界500社に半導体を提供するマンモス企業だ(トヨタ自動車が約2000億ドル)。エルピーダなど国策半導体の失敗以降、長くこの国の半導体産業の凋落に悩む日本政府が誘致した形だが、こちらの賃金も「グローバルスタンダード」、熊本はちょっとしたバブル景気に湧いているとも報じられている。
多く時給を出せる店は人を集め、出せない店は人手不足で時短や臨時休業、下手をすれば店舗閉鎖という時代。繰り返し書くが、「低時給でも労働者の代わりはいくらでもいる」から「低時給なら働き先の代わりはいくらでもある」の時代へ。現場レベルで「労働者に選んでもらう」が加速している。
2023年7月11日に発表されたOECDの雇用見通し、日本の最低賃金の伸び率は対象となる30カ国で平均値の3分の1となってしまった。2021年の確定値では平均年間賃金ランキングで34ヵ国中24位、アメリカの半分、韓国どころかスロベニアやリトアニアより低い(連合・賃金レポート2022)。ちなみに日本、1991年は世界で5番目の平均年間賃金を誇っていた。名目賃金推移に至っては30年間本当に低空飛行の「横ばい」(1991-2021)である。7月19日、国民民主党の玉木雄一郎代表が「30年前と今の生活を12の指標で比較しました」として30年で苦しくなった国民生活を具体的にSNSで示したことが話題となったが、まさに「失われた30年」である。
もちろんコストコにも外資ならではの問題はある。広大な店舗、仕事がきついという声もある。しかしこの国の最低賃金が(多くの正社員も時給換算すれば)あまりに安いこと、また物価高と税金、社会保障費の負担増によって国民生活が限界に近づきつつあるのは事実であり、コストコのこうした「地方からの賃金破壊」が一般国民、被雇用側に受け入れられていることは明白だ。単純な話で、コストコは日本の小売に比べて時給もよく、働きやすく、イメージもいい。そのコストコを上回ればいい話で、そうすれば労働者から選んでもらえる。そもそも、大変な仕事にはお金をより多く払うものだし、人が足りないならお金をより多く払って来てもらうものだ。
選んでもらえていないということは、そういうことだ。これもまた「グローバルスタンダード」なのだろう。
【プロフィール】
日野百草(ひの・ひゃくそう)日本ペンクラブ会員。出版社勤務を経てフリーランス。社会問題、社会倫理のルポルタージュを手掛ける。