かつて甲子園のバックネット裏最前列の「A段73列」にいつものように陣取り、テレビ中継画面に映り込んでいたのが通称“ラガーさん”こと善養寺隆一氏(57)だ。春と夏の大会期間中は甲子園の8号門前を寝床にし、試合中はラガーシャツに蛍光イエローの帽子をかぶって全試合を見守ってきたラガーさんも、2016年にバックネット裏が近畿圏の少年野球チームを無料招待する「ドリームシート」となって以降はテレビ画面から消え、全席が指定席となった100回大会(2018年)からは野宿も止めていた。
コロナ禍によって春夏の甲子園が中止となった2020年を経て、翌2021年春に甲子園大会が再開すると、ラガーさんは感染防止を理由に観戦をとりやめた。当時のラガーさんの言い分はこうだった。
「モラルの問題として、コロナで大変な時期に観戦(感染)してもまずいでしょ。万が一、テレビに映ってしまったらまた叩かれてしまうから」
1年ぶりに聞いた声色は……
そうかと思えば、まだまだコロナが拡がっていた2022年春は再び甲子園にやってきて、ドリームシートが一時的に撤廃されたことをいいことに、かつての定位置に戻っていた。しかし、WEBサイトで購入する際に自動で席が指定されるチケットで、そう都合よく最前列の席がラガーさんの手に渡るはずがない。ラガーさんは違う座席のチケットを持っていても、最前列が空いていればすかさず席を移動して居座っていた。そうした横暴を見かねて、甲子園にいる観客やテレビの前の高校野球ファンから“通報”が入るたびに、ラガーさんは警備員に退場を命じられていた。
そして、中央指定席の大人1枚のチケット代が2800円から4200円となった昨年(2023年)の夏は再び甲子園から姿を消した。その頃、ラガーさんはこう嘆息していた。
「高すぎるし、買えたとしても端っこの席じゃあ、迫力がない。もう、やってらんないよ!」
甲子園の季節になると、筆者の元には必ずラガーさんから連絡が入っていた。一度ならず、二度、三度としつこくかけてくるラガーさんが、今春のセンバツでは電話がなく、気になってこちらからかけてもつながらない。消息を確かめようとするも、両親から受け継いだ印刷会社を畳んだというラガーさんの現在を知る者は見つからなかった。
そしてこの夏──。恐る恐る電話をかけてみると、ラガーさんが電話に出た。1年ぶりとなるラガーさんの声色には疲れが感じられた。