ライフ

【逆説の日本史】ヴィルヘルム2世の外交的愚挙が引き起こしたドイツ帝国の「不幸」

作家の井沢元彦氏による『逆説の日本史』(イメージ)

作家の井沢元彦氏による『逆説の日本史』(イメージ)

 ウソと誤解に満ちた「通説」を正す、作家の井沢元彦氏による週刊ポスト連載『逆説の日本史』。近現代編第十二話「大日本帝国の確立VII」、「国際連盟への道5 その3」をお届けする(第1389回)。

 * * *
 のちに「第一次世界大戦」と呼ばれた戦いは、前回述べたように、最初はオーストリア=ハンガリー帝国(以下オーストリアと略す)とセルビア王国の戦争に終わるはずだった。一九一四年七月二十八日、オーストリアはセルビアに宣戦布告した。この争いにドイツ帝国とロシア帝国が加わった。ドイツ帝国はセルビアを中心とした汎スラブ主義を叩き潰すためにオーストリアに味方することにしたのだが、当初そのドイツにはスラブ系では最大の大国であるロシアがセルビアに味方するかもしれないという危惧があった。

 ドイツ皇帝ヴィルヘルム2世とロシア皇帝ニコライ2世はイトコ同士であったため、ドイツはロシアにこの戦争に介入しないよう要望したのだが、汎スラブ主義を支援する姿勢を取っていたロシアはドイツの申し入れを拒否したので、やむを得ずドイツはロシアに宣戦布告した。

 ドイツはフランスにも中立を保つよう要請していた。この時代、フランスはロシアと同盟関係にあったからである。一般に「三国協商」と呼ばれる同盟だが、なぜ「三国」なのかと言えばイギリスもその一員だったからである。しかし、この関係は当初は第二次世界大戦で日本がドイツやイタリアと結んだ日独伊三国同盟のような強固なものでは無かった。

 フランスとロシアそしてフランスとイギリスがそれぞれ経済的協力関係を密にしようと結んだ関係が、結果的に仏・露・英のゆるやかな同盟を自然に成立させたもので、三国で一か所に集まり軍事同盟を結んだのでは無かった。それが結果的にドイツ包囲網になったのには、さまざまな理由がある。

 まずフランスだが、ナポレオン・ボナパルトの時代にヨーロッパすべてを敵に回し、最終的にはイギリスに敗れて一時没落し、その後戦争下手なナポレオン3世の時代になったこともあり、ドイツ帝国の前身であるプロイセンにも惨敗することになった。いわゆる普仏戦争(1870年)であり、前にも述べたがこのときフランスはプロイセンの鉄血宰相オットー・フォン・ビスマルクに手玉に取られ、皇帝ナポレオン3世も捕虜とされた。そしてこの勝利によって、プロイセン王国が盟主となったドイツ帝国が誕生した。

 そしてドイツ帝国宰相となったビスマルクが留意したのは、ドイツ帝国に多くの人命だけで無くアルザス=ロレーヌ地方という領土まで奪われ復讐心に燃えるフランスをいかにして封じ込めるかである。現在は第二次世界大戦という大惨禍の後の時代なので、どんな理由であれ戦争を仕掛けるのは許されない(だからロシアは許せない)という時代だが、原爆や毒ガスなどが使用される以前の時代は、復讐心が戦争を起こす最大の原因の一つであった。

 普仏戦争におけるフランス軍の戦死者は約二十八万人である。最大八千万人が犠牲になったと言われる第二次世界大戦の結果から見れば「少ない数字」に見えるかもしれないが、日露戦争での旅順攻防戦で乃木希典大将が短期間で旅順要塞を陥落させたにもかかわらず、約一万五千人の戦死者を出したことで強く非難されたことを思い出していただきたい。それと比較しても二十八万人という戦死者は途方もない数字であり、その二十八万人には遺族や友人がいる。それがフランスという民主国家の世論をリードすることは容易に想像がつくだろう。わかりやすく言えば、「ドイツ討つべし」という公約を掲げる政治家あるいはそれを支持する民衆に、異議つまり平和を唱えるということはきわめて難しいということだ。

関連キーワード

関連記事

トピックス

アメリカの実業家主催のパーティーに参加された三笠宮瑶子さま。写っている写真が物議を醸している(時事通信フォト)
【米実業家が「インスタ投稿」を削除】三笠宮瑶子さまに海外メーカーのサングラス“アンバサダー就任”騒動 宮内庁は「御就任されているとは承知していない」
NEWSポストセブン
11月に不倫が報じられ、役職停止となった国民民主党の玉木雄一郎代表、相手のタレントは小泉みゆき(左・時事通信フォト、右・ブログより)
《国民・玉木代表が役職停止処分》お相手の元グラドル・小泉みゆき「連絡は取れているんですが…」観光大使つとめる高松市が答えた“意外な現状”
NEWSポストセブン
10月末に行なわれたデモ。参加者は新撰組の衣装に扮し、横断幕を掲げた。巨大なデコトラックも動員
《男性向けサービスの特殊浴場店が暴力団にNO!》「無法地帯」茨城の歓楽街で「新撰組コスプレ暴排デモ」が行なわれた真相
NEWSポストセブン
秋田県ではクマの出没について注意喚起している(同県HPより)
「クマにお歌を教えてあげたよ」秋田県で人身被害が拡大…背景にあった獣と共存してきた山間集落の消滅
NEWSポストセブン
姜卓君被告(本人SNSより)。右は現在の靖国神社
《靖国神社にトイレの落書き》日本在住の中国人被告(29)は「処理水放出が許せなかった」と動機語るも…共犯者と「海鮮居酒屋で前夜祭」の“矛盾”
NEWSポストセブン
公選法違反で逮捕された田淵容疑者(左)。右は女性スタッフ
「猫耳のカチューシャはマストで」「ガンガンバズらせようよ」選挙法違反で逮捕の医師らが女性スタッフの前でノリノリで行なっていた“奇行”の数々 「クリニックの前に警察がいる」と慌てふためいて…【半ケツビラ配り】
NEWSポストセブン
「ホワイトハウス表敬訪問」問題で悩まされる大谷翔平(写真/AFLO)
大谷翔平を悩ます、優勝チームの「ホワイトハウス表敬訪問」問題 トランプ氏と対面となれば辞退する同僚が続出か 外交問題に発展する最悪シナリオも
女性セブン
2025年にはデビュー40周年を控える磯野貴理子
《1円玉の小銭持ち歩く磯野貴理子》24歳年下元夫と暮らした「愛の巣」に今もこだわる理由、還暦直前に超高級マンションのローンを完済「いまは仕事もマイペースで幸せです」
NEWSポストセブン
医療機関から出てくるNumber_iの平野紫耀と神宮寺勇太
《走り続けた再デビューの1年》Number_i、仕事の間隙を縫って3人揃って医療機関へメンテナンス 徹底した体調管理のもと大忙しの年末へ
女性セブン
白鵬(右)の引退試合にも登場した甥のムンフイデレ(時事通信フォト)
元横綱・白鵬の宮城野親方 弟子のいじめ問題での部屋閉鎖が長引き“期待の甥っ子”ら新弟子候補たちは入門できず宙ぶらりん状態
週刊ポスト
大谷(時事通信フォト)のシーズンを支え続けた真美子夫人(AFLO)
《真美子さんのサポートも》大谷翔平の新通訳候補に急浮上した“新たな日本人女性”の存在「子育て経験」「犬」「バスケ」の共通点
NEWSポストセブン
自身のInstagramで離婚を発表した菊川怜
《離婚で好感度ダウンは過去のこと》資産400億円実業家と離婚の菊川怜もバラエティーで脚光浴びるのは確実か ママタレが離婚後も活躍する条件は「経済力と学歴」 
NEWSポストセブン