大学在学中の1998年にはフィギュアスケートのアイスダンス競技で長野オリンピックに出場した元日本テレビアナウンサーの河合彩さん(48)。異色のアナとして日テレへ入社するも、周囲と比べて劣等感を抱く日々。彼女の支えとなったのは同期のアナだった。河合さん本人が、秘蔵の写真と懐かしい思い出を振り返ってくれた。
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入社1年目の夏頃、社内報用に同期の女性アナウンサーである山本真純と2人で写真を撮りました。彼女は私とタイプが真逆なんです。真純はアウトドア派でしたが、私は紫外線アレルギーもあるし超インドア派。また、真純は大学時代に放送研究会に所属していましたが、私はスケート一筋でアナウンススクールにも通ったことがなかった。研修期間中、真純は何でも器用にこなしていましたが、私は同期のなかで一番下手くそでした。時事問題などにも疎く、読めない漢字も多かった。
でも、真純は上から目線になったり、マウントを取るようなことは一切なく、ひたすら私に歩調を合わせて待ってくれるようなタイプの人でした。なかには、「アイツは運動バカだな」と見下す人もいましたが、真純は「彩がスケートに一生懸命打ち込んできたことは、他の人が持っていない重要な経験なんだから、自信を持っていいんだよ」と言葉をかけてくれた。すごくありがたかった。自信を失いかけていた私にとって、真純の存在は心の支えになりました。
タイプが違う私たちでしたが、共通点は食べることやお酒を飲むことが好きなところ。仕事終わりやオフの時は専らグルメ巡りです。お互い朝番組を担当していた時は、週に1回、お昼過ぎに仕事が終わる日はそのままお酒を飲める店に行くのが暗黙の了解になっていましたね(笑)。
初任給をもらった時には、2人で「親孝行をしよう」と話して、お互いの母親を連れて、みんなでご飯を食べに行きました。それがきっかけで、お母さん同士も仲良くなり、私が日テレを退社して海外留学している間も、母親同士で会うくらい。家族ぐるみで仲良しなんです。私は真純のことが大好きだったし、彼女がいたから、日テレ時代に色んな苦労やプレッシャーを乗り越えることができたんだと思います。