通勤電車ときくと、混み合った車内を立ったままやり過ごすもの、と思われているかもしれない。だが、通勤の手段だからこそ、座って思うように過ごしたいという望みもあるはずだ。ライターの小川裕夫氏が、一人でも多く運ぶことに重きを置いていた鉄道各社が、東急電鉄「Q SEAT」などの有料座席指定サービスという方法で快適な通勤という選択肢を提供し始めている事例についてレポートする。
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2023年8月10日、東急電鉄(東急)が「Q SEAT」を2両組み込んだ列車の運行を東横線で開始した。Q SEATとは運賃とは別に500円を支払うことで着席できるサービスのことで、東京圏での私鉄各社が相次いで導入してきた有料座席指定サービスの東急版だ。
すでに東急は、2018年11月から大井町線でQ SEATを組み込んだ列車の運行を開始している。大井町線での運行が好評だったことから、東横線にも拡大したということになる。
有料座席指定が導入された列車と聞くと、特急をイメージする人も少なくないだろう。しかし、東横線のQ SEATを組み込んだ列車は、渋谷駅発の急行のみとなっている。そのため、渋谷駅を出発すると東横線内では中目黒駅・学芸大学駅・自由が丘駅・田園調布駅・多摩川駅・武蔵小杉駅・日吉駅・綱島駅・菊名駅・横浜駅と多くの駅に停車することになる。
東横線には特急や通勤特急も運行されているが、なぜQ SEATが組み込まれた列車は急行のみになったのか?
「東横線の急行停車駅はほとんどが他社線との乗り換え駅です。そうした他社線から東横線、東横線から他社線へと乗り換える需要も多く、乗り換え需要を考慮して急行に有料指定座席車を導入しました」と説明するのは東急の広報担当者だ。
東横線の特急列車は、渋谷駅―横浜駅間を約25分で走破する。Q SEATの座席指定料金は乗車区間に関係なく一律500円。特急だと25分しか乗車しない。そんな短時間だとQ SEATを導入しても利用が少ない。できるだけ停車駅を増やして利用を増やしたい。だからと言って、停車駅を増やしすぎると利用者が特急・通勤特急へと流れてしまう――急行に有料座席指定を導入した裏には、苦渋の判断が透けて見える。
ロングシートからクロスシートへ転換する通勤列車
これまで東京の通勤列車は、多くの人が乗れるようにロングシートと呼ばれる座席になっているのが一般的だった。ロングシートは一両に多くの人が乗車できる一方で、隣に座る人との距離が近い。