「掃除機をかけようと屈むだけで痛くて痛くて……。やっとの思いで病院に行って、もらってきた薬が効かなかったときは、救急車を呼ぶことすら考えました。薬をのみ続けていますが、手足がむくんだり、めまいがしたり、明らかに副作用だと思う症状が出ているんです」
ため息をつきながら話すのは腰痛で整形外科にかかった64才のTさん。
「次の外来で先生にそのことを伝えてみたけれど、『薬ではなく年のせいじゃないか』と聞き入れてもらえなくて、それで思い切って病院を変えたんです。すると先生がおくすり手帳を見て『ああ、この薬か……』と苦笑い。聞いてみると、医師たちの間では“効きづらいうえに副作用が出やすい”と有名な薬だったみたいで……」
医師が選んだ薬だから間違いない──そんなふうに私たちは信頼を寄せ、処方薬を受け取るが、知識も経験も豊富にあるはずの医師たちが必ずしも「正解」を知っているわけではない。原因の1つを「医療界における情報の洪水化」であると指摘するのは、新潟大学名誉教授の岡田正彦さんだ。
「多くの医師たちは論文によって薬の効果や副作用について知識をつけますが、その量があまりにも多すぎる。現在、一日に発表される論文の本数は自然科学分野だけに限定しても4000本以上といわれ、内容も医学の進歩とともに難解になっています。日々の診療だけでも忙しい医師たちが、それらすべての論文を読んで精査することは、不可能だといえるでしょう」(岡田さん・以下同)
そもそも、保険診療に用いられる医療用医薬品の数は約1万3000品目。それだけ大量の薬の中から、患者の年齢、既往歴や症状を考慮したうえで最適なものを選ぶのが至難の業であることは想像に難くない。
「そこで多くの医師が指針としているのが、製薬会社から提供される情報です。病院やクリニックには製薬企業のスタッフが訪問してきて、勉強会と称して最新の薬の説明を行います。製薬企業が提供する知識を身につけた医師は、自然と彼らがすすめた薬を選び、患者に処方する仕組みになっているのです」
志ある医師たちは学会に足を運ぶが、そこにも製薬会社が深く関係している。