舞台は熊本県天草上島のさらに北西約8kmの沖合に浮かぶ〈徒島〉。荒木あかね著『ちぎれた鎖と光の切れ端』は、この2000年代に無人化し、今は地元の民宿経営者が買い取った〈高床式の海上コテージ〉だけが残る孤島で起きた連続殺人事件と、その驚くべき後日譚を全2部構成で描く、待望の乱歩賞受賞後第1作だ。
惹句にも〈Z世代のクリスティーが描く『そして誰もいなくなった』×『ABC殺人事件』〉とあるように、第1部では仲間内の叔母が所有するその別荘を訪れた男女7人組が次々に殺され、しかもどの遺体も舌を切断され、〈第一発見者〉が必ず次に狙われるなど、奇妙な法則を持った事件の顛末が。
第2部では一転、舞台は大阪に移り、ゴミ収集作業員〈横島真莉愛〉や、その護衛を命じられた刑事〈新田如子〉らを巻き込む連続殺人劇が描かれ、2つの事件がどう接点を結ぶかも読みどころの1つといえよう。
なにしろ本作は徒島編と大阪編とで総勢10人以上が殺され、それでいて「なぜ人は人を殺してはいけないか」という究極の問いをも突きつける、古くて新しい本格ミステリーなのだから。
昨年、小惑星の衝突を前にして世界中がパニックに陥る中、自動車教習所の生徒と教官が身近で起きた事件に挑む『此の世の果ての殺人』で乱歩賞史上最年少の受賞者となった荒木氏。
「その時は次回作の構想も何もなく、ストックは完全にゼロの状態でした(笑)。この物語を考えた当初は街中で第一発見者を狙った連続殺人が起き、偶然死体を見つけた主人公が警察の保護下に置かれるという第2部の筋書きだけがあったんです。エラリー・クイーンの『九尾の猫』に、被害者の法則性に気づいた名探偵が次に狙われそうな人の家に協力者を送り込む場面があって、それを女性同士のバディものにしたら面白そうだなと思って。
それを担当の方に話したら、『その法則って島とかホテルとか、狭い範囲でも面白そうですね』って言われて。私も『あ、そっちも面白そう』と思って、こういう形になりました(笑)」
第1部のテーマは復讐。実は大阪からやってきた7人組のうち語り手の〈樋藤清嗣〉だけが学生で、彼を誘ったバイト先の社員〈大石有〉ら、他の6人は高校時代以来の遊び仲間だ。叔母がこの別荘を所有する〈浦井啓司〉や、昔は荒れていたらしい〈橋本亮馬〉。また〈千晶〉や〈結子〉といった面々に樋藤が近づいたのも、ある人の心と体にかつて彼らが修復不可能な傷を与えた恨みからだった。
彼はこの旅にヒ素を持参し、5日後、迎えの船が来る前に〈遺書という名の犯行声明〉がアップロードされるよう準備もしてきた。その上で命を絶てば復讐の連鎖を断ち、彼らの罪を公表することもできる……はずだったのだ。
「中学の頃からずっとミステリーを読んで育ってきた私の体感では、推理小説の犯行動機の7、8割は復讐じゃないかと思うんですね。
そうした復讐劇に私自身、惹かれる部分もある一方、今書くのであれば倫理的な問題は絶対避けて通れない。復讐ってマチズモ的思想を多分に孕んでいると思うんです。死を恐れないことをよしとし、力を見せつけてこそ男らしい的な価値観が復讐の根底にはあって、その有害性を見つめ、何があっても人は人を傷つけてはいけないんだということを、復讐を通して描けたらいいなあと思いました」