日本人の男女の平均寿命には6年も差があるので、いまパートナーがいる人もそうでない人も、女性であれば誰もが「おひとりさま」になる可能性がある。そのとき楽しく健やかに生きる方法のヒントはないものか。森光子さん(享年92)は、年下世代に囲まれた生活を送り、孤独とは無縁だった。
「森さんが『ただいま!』と玄関を開けると、母は『おかえんなさい!』と迎え入れるんです。そして普段はまったく料理をしないのに、いそいそと台所に立つ。森さんのことをうちの“長女”と呼んで、うれしそうに世話をしていましたね」
森さんを実の姉と慕い、50年以上にわたって家族ぐるみのつきあいをしていた石井ふく子さん(97才)は、当時のやりとりをまぶしげに振り返る。
「すっぴんで居間にいるだけなのに電気が倍になったの?というくらい、家の中がぱーっと華やかになる。いつも笑顔の、とにかくかわいらしい人でした。姉妹のように仲よくしていた森さんですが、もともと最初に知り合ったのは私の母。母は着物のコンサルタントをしていたので、その関係で親しくなったようです。森さんは仕事帰りにわが家に直行しては、母の話を楽しそうに聞いてくれていました」(石井さん)
戦争の混乱を抜け、映画からテレビへと娯楽の主役が移り変わるなか名脇役として活躍してきた森さんだったが、主演女優として大きく花開いたのは舞台『放浪記』(1961年)との出会い。41才という“遅咲き”だった。だがそれゆえ私生活は二の次となり、39才で籍を入れた演出家・岡本愛彦さん(享年79)との結婚生活は4年で幕を閉じることとなる。
のちに森さんは当時のことを《私は妻の座についていたかった。(中略)ひとつだけはっきりしているのは、もう二度と結婚しない。これからは役者ひと筋に生きていく》と回顧し、その言葉どおり生涯独身を貫いた。
しかしそれは決して孤独な生活ではなかった。石井さん親子はもちろんのこと、森さんの周りには常に彼女を慕う人がいたからだ。おひとりさま高齢者にとって、いちばんの敵は孤独だと話すのは、いのくちファミリークリニック院長の遠藤英俊さんだ。
「高齢者医療では社会的な交流を行うことが重要視されており、目安は1日に5人以上との会話。そのためには好奇心を持って、できれば年下世代の人と交流を持つことが望ましい。気持ちが若返って、体にもいい影響があるのです」
その点、森さんは年下の友人を多く持っていた。55才差の後輩女優・米倉涼子(48才)もそのひとり。森さんの舞台中は楽屋に入り浸り、休養中は自宅に遊びに行って交流を深めた。
「悪女はあなたに似合っているから一生やりなさいよ」という手紙に背中を押されたとも、米倉は過去のインタビューで語っている。
「大スターなのに気取らない。そこが多くの人に親しまれた理由だと思います。テレビドラマを見ている人たちも同じだったのでしょう。画面に映っていると、何となくホッとする。ホームドラマには欠かせない、女優として稀有な存在感がありました」(石井さん)