【書評】『トラとミケ5 うれしい日々』/ねこまき(ミューズワーク)/小学館/1485円
【評者】藤井恵さん(料理研究家)
この作品の舞台になっている小さな居酒屋「トラとミケ」には毎夜、地元の常連客が集まってカウンターでやいのやいの言い合っている。そんな楽しい風景が四季折々の美味しそうな料理とともに描かれていて、料理と酒と居酒屋が好きな私は、読んでいて本当に楽しかったです。共感できるセリフもいくつもありました。お酒をやめるようにすすめるルミちゃんに対してシンちゃんとサバちゃんが、
《我々は一生美味しく酒を飲むために健康に気を使っているのだよ》
と胸を張るんですが、これ、まさに私のことだなって。私も飲むために仕事をし、健康でいようとしていますから。
料理にはその人の物語がある
「喫茶白樺」のプリン・ア・ラ・モードや、冬乃さんがシンちゃんに作った、卵焼きや巻き寿司が詰まったお重など、全体を通して美味しそうな料理が丁寧に描かれているのも、作品の魅力ですね。夏はあさり、秋はざくろに土瓶蒸し、冬はおせち……。季節を感じながら、食が色とりどり変化していく様子も、料理をしている身としては嬉しかったです。
人間的なストーリーにも惹きこまれました。小学生のリコちゃんが、離れて暮らす父親と数年ぶりに再会するシーンでは思わず涙が。やはり子供にとって、離婚した両親とはいえ、いつまでもお父さんとお母さんであることには変わりないですもんね。そんな家族の記憶を支えるのが、食の思い出なのでしょう。
リコちゃんがお母さんと一緒に作った、おせちの栗きんとんがその例です。お母さんにとっては毎年娘と作る味。リコちゃんにとっては、数年ぶりに会ったお父さんに「世界一うまい」と食べてもらえた味。お父さんにとっては、リコちゃんに初めて作ってもらった料理の味。
最後に会ったときはまだ小さかったリコちゃんがいつの間にか料理を作れるようになって、目を丸くして感激していましたね。きんとんが、お父さんと母子をつなげる料理になった瞬間でした。