で先日、上野の混み合ったカフェでお茶を飲んでいたら、隣に座った2人組の話が耳に入ってきた。黒髪で地味な服装の彼女たちは私と同世代で、郷ひろみのファンらしい。「声は全盛期とはちょっと違うけど、体の動きはまったく変わらないって、すごいことだよね」と声を弾ませている。私の耳がダンボになったのはその後だ。
「私たち、推し活をしていなかったら、簡単に福岡とか札幌とか行かなかったと思わない?」「ネットで見ず知らずのホテルや飛行機の予約もするって言うと、友達に驚かれる」
そのことを私の友人で唯一のジャニオタYちゃん(55才)に話したら、こんな答えが返ってきた。
「そりゃそうよ。埼玉や千葉でチケットが取れなかったら大阪。それもダメなら広島、岩手に行く。それだけのことで旅という感覚はないと思うよ。
仕事しているとイヤなことがあるし、家に帰れば母親して家事して、気の合わないママ友とか夫の両親とのつきあいもある。そういう日常を機嫌よく回すのに、“推し活”っていちばん安全で低コストな息抜きなんだよ。
コンサートのチケットを取ると、家族みんなが見るカレンダーに印をつける。夫も姑も『ああ、嵐ね』と納得するし、私も疑似恋愛っていうの? 彼らを思うとたちまちスイッチが入って日常がカラフルになるって、“脳内避難所”だね」
そんな彼女は10年来のアラシック(嵐ファン)だったけど、それもそろそろ卒業したいという。と言いつつ、「だけど、これからも推し活はしたい。それがない暮らしは考えられないよ」とも。
つまり、推し活だろうが、酒だろうが、ギャンブルだろうが、この世の快楽はしょせん一期一会。底をついたと思ったら離れればいいんだよ。そしてまた別の夢を見たらいい。長い人生、現実直視だけで生きていくにはつまらなさすぎるもの。
【プロフィール】
「オバ記者」こと野原広子/1957年、茨城県生まれ。空中ブランコ、富士登山など、体験取材を得意とする。
※女性セブン2023年10月5日号