日本語を母語としないながらも、今は流暢でごく自然な日本語で活躍している外国出身者は、どのような道のりを経てそれほどまで日本語に習熟したのか。日本語教師の資格を持つライターの北村浩子氏がたずねていく。いまだ戦下にあるウクライナから昨年来日し、独学で習得した日本語で見事に今年声優デビューを果たした工藤ディマさんが今回のお相手。ディマさんの日本語文法や発音の学習方法は、日本語教師の北村氏には驚きの連続だった。【全4回の第1回】
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工藤ディマさんはウクライナの首都キーウ出身。劇団ひまわりに所属し、演技の勉強をしている。今般、ウクライナ発のアニメーション映画『ストールンプリンセス:キーウの王女とルスラン』でデビューを飾った。もちろん日本語での吹き替えだ。
活躍されている外国出身の声優さんと言えば、中国人の劉セイラさんをはじめ何人かの名前が思い浮かぶ。どの外国語でもそうだが、それぞれの言語が持つ『音の正確さ』を細部まで表現できるようになるには相当な訓練が必要だ。話せるようになるための練習とはまた違う、タイプの違う努力が。
息の量を調節したり舌の位置を変えたりして『言葉の音』を作ることを調音という。鼻音や摩擦音など、調音にはたくさんの種類がある。母語に存在しない音を自然に出すには、その音を聞き分けた上で自分の口で(体で)再現しなければならない。『話す』だけなら、苦手な発音は似た音を作ることである程度代用できる。でも『きれいな(完全な)』発音を求められる現場ではそうはいかないだろう。ディマさんは高い山を登り始めているのだ。
ディマさんが来日したのは、ロシアのウクライナ侵攻が始まった翌月の2022年3月だった。どのような経緯で日本に来ることになったのだろう。
「新大阪の日本語学校からビザを出してもらったことが、直接のきっかけです。元々留学したいという希望は伝えていたんですけど、学校が急いで準備してくれました。ウクライナからの避難民を日本が受け入れるという(日本政府の)決定があったのは、私が留学生ビザをもらった2週間後くらいでした。
10代の頃から、日本のアニメや漫画を見たり読んだりしていて、日本語に興味はありました。と言っても当時は全然分からなかったので、ロシア語やウクライナ語に翻訳されたものだけ。でも、日本語の音は好きでした。響きが好きだったというか。
で、大学に入ってゼロから勉強しようと思って、日本語や日本の歴史を学ぶ専門コースを取ったんですけど、残念ながら教科書は苦手でした。問題を解くためのものであって、情報を得るためのものではないと思いました」
なんと!
どんな教科書でしたか? と尋ねたら、以前インタビューしたエマヌエルさんも使っていた(スタンダードな)『みんなの日本語』だった。いわゆる〈文法積み上げ式〉の教科書は合わなかったのか。