自他共にクレイジーだと認める米国の2人が手を握るとなれば、世界はその影響を無視できない。実業界と政界の劇薬同士が起こす化学反応は、人類に何をもたらすのか──。
「このクソ負け犬が」「だからお前はウンコなんだ」「お前がどうしたいかなど聞いていない」。速射砲のように飛び出す罵詈雑言の主は、電気自動車を一新し、人類を火星に送り出そうと真剣にもがく世界一の大富豪。
9月13日、米電気自動車テスラのCEO、イーロン・マスク氏(52)の初の公式伝記『イーロン・マスク』(上下巻 ウォルター・アイザックソン著)が発売された。
本人や家族、仕事仲間への取材を重ね、テスラや宇宙開発事業「スペースX」の勃興、ツイッター(現X)の買収劇など激動の半生に迫る同書で明かされたのは、マスク氏の常軌を逸した仕事中毒ぶりと既成概念を覆す突破力である。
「“死ぬほどの切迫感を持って仕事をしろ”がモットーのマスク氏の日常が、具体性を持って迫る一冊です。ロケットの打ち上げ日程から自動車の生産台数まで、土台無理だという数字を設定し、有無を言わせず強要する。反論したり意見した者は容赦なくクビです。あらゆる場面で人と衝突し、どんなに社に貢献してきた者でも一顧だにせず解雇していく様は、狂気を感じる」(経済紙記者)
同書の帯には〈クレイジーな人間こそが、世界を変える〉と綴られるが、その言葉の意味を読者は噛みしめることになる。
資産3040億ドル(45兆円)と言われる巨額の富を手にしながら、「休むと死ぬ」と公言するマスク氏は、仲間内で“リスク依存症”と揶揄され、安定の中で生きることができない。
自動車、ソーラー、ロケット、AI、ロボット、脳デバイス、そしてツイッターという言論空間まで手に入れたマスク氏は、これからどの分野に手を出すのか。
そのひとつに「政界」が浮上している。
候補者に37億円
1971年、南アフリカでエンジニアの父とファッションモデルの母の間に生まれたマスク氏。
百科事典とSF小説を読みあさり、ビデオゲームの世界に没頭したマスク少年は、人付き合い自体は苦手なものの、趣味さえ合えば人種も国籍も信条も超えて交友する“穏健派”として成長した。「ギーク」(オタク)として蔑まれてきたこともあり、大学時代に米国に移住するとマイノリティへの理解からか長く民主党を支持してきた。
在米ジャーナリストの高濱賛氏が語る。
「2016年の大統領選では民主党のヒラリー・クリントン候補を支持し、2020年の予備選でも民主党のアンドリュー・ヤンを推薦しました。
最終的にバイデン大統領に投票していますが、2022年には民主党の富裕層優遇税撤廃や行きすぎたPC(ポリティカルコレクトネス)に反対して、民主党不支持を表明。2024年の大統領選では共和党支持を公言し、自分が選んだ候補者に2500万ドル(37億円)もの政治資金を出すと公約しました」