しかし、じつはその後の朝日の報道を見ると、朝日は神尾中将の作戦に必ずしも異を唱えていたわけでは無い。たしかに、のちに朝日新聞社長となった青島特派員美土路春泥の記事中にある「血河屍山の總攻撃」という表現はあきらかに神尾批判で問題だが、それ以外の記事はそうでも無い。神尾中将が隙間無く砲台を構築し、重砲を多数配備して満を持して総攻撃を開始したのは、十月三十一日である。そして十一月七日早朝には、ドイツ軍は降伏した。
結果的に日本の戦死者は、戦後現地に建立された慰霊碑によれば、陸軍六百七十六人、海軍三百三十八人の計千十四人だが、海軍戦死者のうち二百七十一人は、十月十八日にドイツ水雷艇S90の捨て身の攻撃(のちにS90は膠州湾内で自沈)で撃沈された防護巡洋艦『高千穂』の乗組員であり、それを除けば海軍の戦死者はわずか六十七人で、陸軍も約一万五千人を失った旅順要塞攻略戦にくらべれば「ほんのわずか」である。神尾中将の作戦は、大成功に終わったと評しても間違いはあるまい。
そして、じつは朝日も総攻撃が開始された十月三十一日の翌日、十一月一日付の紙面で、神尾中将の作戦を高く評価しているのである。
(第1395回に続く)
【プロフィール】
井沢元彦(いざわ・もとひこ)/作家。1954年愛知県生まれ。早稲田大学法学部卒。TBS報道局記者時代の1980年に、『猿丸幻視行』で第26回江戸川乱歩賞を受賞、歴史推理小説に独自の世界を拓く。本連載をまとめた『逆説の日本史』シリーズのほか、『天皇になろうとした将軍』『「言霊の国」解体新書』など著書多数。現在は執筆活動以外にも活躍の場を広げ、YouTubeチャンネル「井沢元彦の逆説チャンネル」にて動画コンテンツも無料配信中。
※週刊ポスト2023年10月6・13日号