生物学と音楽というまったく異なるフィールドで活躍してきた“ハカセ”と“教授”は志を同じくする生涯の友だった──生物学者として“生命とは何か”を問い続ける福岡伸一さんは坂本龍一さん(享年71)が旅立ったことをどう受け入れたのか。福岡さんにインタビューした。
「生物学者として繰り返し、“死は最大の利他的な行為である”という生命哲学を表明してきた私ですが、いざそれが非常に近しい友人の身の上に降りかかったとき、一般的な理論とは違う“個別性”についてまざまざと感じさせられました。
自分というひとりの人間にとって、坂本さんが旅立ってしまったことの欠落や喪失は簡単に埋められないですし、彼の死は納得できない。いまだに『坂本さんだったら、こういう問題をどう考えただろうな』としばし思いにふけることがあります」
長く親交を育んできた音楽家の坂本龍一さん(享年71)のことをこう振り返るのは、青山学院大学教授・米ロックフェラー大学客員教授の福岡伸一さんだ。
福岡さんといえば、88万部超のベストセラーとなった『生物と無生物のあいだ』(2007年、講談社)以降、“生命とは何か”を問い直す著作を多数発表。第一線で活躍する有名分子生物学者ながら、ダーウィンの『種の起源』を子供向けの絵本にするなど、科学をわかりやすく解説する“福岡ハカセ”として老若男女に人気を博してきた。
そんな“ハカセ”と“教授”こと坂本さんの出会いは20年以上前にさかのぼる。
“一発屋のノーベル賞受賞者”がつないだ縁
「最初に会ったのは坂本さんのコンサート。終わった後に、共通の知人を介して挨拶をしに行きました。当時私は“一発屋のノーベル賞受賞者”として名高い科学者の自伝『マリス博士の奇想天外な人生』を翻訳していたので、その本を手渡したんです。
恋人とのドライブデート中に生まれたひらめきからPCRを発見し、論文もほとんど書かずにノーベル賞を受賞したという、まるでヒット曲が1曲しかない演歌歌手のようなユニークな科学者の本だったのですが、とはいえ多忙な坂本さんが本当に読んでくださるとは思っていなかった。
しかし坂本さんのお父さまは三島由紀夫らを世に送り出した辣腕編集者の坂本一亀さんですから、ご自身も非常に読書家だったんです。坂本さんから『読みました』という連絡が来たことから交流が始まりました」(福岡さん・以下同)