「文在寅(ムン・ジェイン)前大統領が、日本の福島原発事故で1368人が死亡したと発言しているが、うそだ」「原発処理水の海洋放出は、国際原子力機関(IAEA)が安全と言っているのでこれを信じる」──韓国の前政権を批判し、今年7月に始まった福島第1原発の「処理水海洋放出」に理解を示すこの発言の主は、元国連事務総長の潘基文(パン・ギムン)氏。韓国・高麗大学で行なわれた講演で述べたという(『朝鮮日報』2023年10月20日付)。
しかし、潘氏と言えば、かつて国連事務総長という立場にありながら、日本海を「東海」と表記した英文のパンフレットを配布したり(2007年)、安重根が伊藤博文を暗殺した事件を題材にしたミュージカルのニューヨーク公演に各国の国連大使を招待したり(2011年)、北京で行われた中国の「抗日戦争勝利70年」記念式典と軍事パレードに出席したり(2015年)と、日本では対日強硬派として知られる人物だ。その彼が日本に対して寛容な発言をしたことに、違和感を覚える人も少なくないだろう。
日本への態度をシフトさせたかのように見える潘氏発言の背景には何があるのか。日本在住の韓国人作家・崔碩栄氏が言う。
「潘氏については、日本でのイメージと韓国でのイメージは異なります。国連事務総長時代に、PKOで日本が自衛隊を派遣したことにお礼を言ったことや、2015年の慰安婦合意を肯定的に評価したことなどで、韓国国内ではむしろ親日的だと批判されたこともある。私個人は、潘氏は親日的でも反日的でもない、合理主義者と評価しています。彼の発言は、科学的、合理的な事実を述べただけで、特に日本を擁護する意図はないと思います」(崔氏、以下同)
韓国国内でも、潘氏の発言は冷静に受け止められ、今回は「親日的だ」などの非難も見られないという。
「韓国で流布される福島原発事故関連のデマに対しては、きちんと批判する韓国メディアもありますし、(日本の事故処理に理解を示す態度は)目新しい話ではない。もともと韓国では原発賛成派が多く、新規建設や再稼働についても、活動家以外の一般国民からは特に反発はないんです。
処理水の海洋放出にしても、ほとんどの韓国人は気にしていません。その証拠に、韓国関税庁の貿易統計によると、今年1〜8月の日本産ビールの輸入量は前年比で約2.4倍に急増し、輸入ビールのトップに返り咲いています。韓国から日本への観光客は、今年だけで約490万人に達し、2位の台湾や3位の中国を抑えてトップで、この勢いは衰えていません。(処理水放出のリスクを)誰も気にしていない証拠です」
処理水放出に対する韓国社会の反応の“おおらかさ”は、そうした統計だけでなく、韓国国会議員の行動にも表れた。