漫画が世界に誇る日本の文化であることに異論はないと思われるが、現在の日本のコミック業界は、スマホが普及したことで電子コミックが成長し、かつてないほど多種多様な作品が生み出される活況を迎えている。なかでも、ここ最近、注目を集めているのが、作者の実体験や取材をもとにして執筆されたドキュメントコミックだ。
活字ではなくコミックだからこそ読みやすく、読み進めていくと価値観を揺さぶるような体験を味わえる……そんなドキュメントコミックのオススメ作品について、数々の著書を持つノンフィクション作家で、「ドキュメントコミック大賞」(小学館「ビッグコミック スペリオール」主催)の審査員を務める石井光太氏に聞いた。
ドキュメントコミックには、活字にはない漫画ならではの強みがある
──ノンフィクション作家である石井さんにとって、ドキュメントコミックとは一体どんなものでしょうか?
これまでベストセラーとなった『いちえふ 福島第一原子力発電所労働記』(竜田一人/講談社刊)や『失踪日記』(吾妻ひでお/イースト・プレス刊)といった作品を読んだことはあったのですが、今回、「ドキュメントコミック大賞」の審査員になったことで、改めてどんな作品があるのか読んでみたいとお願いして、編集部からいろいろな作品を送ってもらいました。
たくさんの漫画作品があるなかで、ドキュメントコミックをどう定義するかは、人によって違うでしょうし、色々な意見があると思います。現実を扱っていれば、すべてドキュメントコミックになるかと言えば、そうではないでしょう。ただ、活字と漫画の伝える力には大きな違いがあり、その漫画の強みをうまく使えているかどうかが、重要な要素だと思いました。
普段、私が書いている活字のノンフィクションで何かの事件を取り扱う時には、当然、細部まで取材して、詳細なディテールを文章で描写することで、その事件のことを読者に伝えます。その文章の中に固有名詞や具体名がないことはあり得ないわけですが、漫画であればそれが可能になるというのは、今回の発見のひとつでした。
あえて具体的な宗教名を出さずに構成している『「神様」のいる家で育ちました ~宗教2世な私たち~』(菊池真理子/文藝春秋刊)は、まさにその強みを活かした作品だと感じて、興味深く読ませてもらいました。
──旧統一教会の問題が噴出している最中に刊行されたこともあって、とてもタイムリーな作品になりますね。
その通りです。みんなの関心が高く、今すぐ知りたいと感じているものをドンとやるというジャーナリズムとしての価値が、この作品にはあると思いました。その上で、作中に宗教名を出さないことで、宗教2世の抱える問題が抽象化されて、普遍的な問題として読み手に伝わってくると私は感じました。