21歳にして将棋界の8大タイトルを独占──藤井聡太八冠の活躍で、かつてない熱狂が巻き起こっている。研究にAIを活用する“新時代の天才棋士”は、27年前に当時の7大タイトルを制覇した羽生善治九段とどこが似ていて、何が違うのか。そして、強いのはどちらか。文壇きっての愛棋家である逢坂剛氏と黒川博行氏が語り尽くした。【前後編の前編。後編を読む】
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黒川:いやぁ、やっぱり藤井くんはバケモノですね。逢坂さんは王座戦の第1局を生で観戦したんでしょう?
逢坂:控室で佐藤康光さんと森内俊之さんに解説してもらいながら観ました。先の読めないスリルとサスペンスの連続で、極上のミステリーのようだった。勉強になったけど、持ち時間は5時間もあるし、緊張感もあってさすがに疲れたね(笑)。
〈10月11日に行なわれた王座戦第4局で、挑戦者の藤井聡太七冠が永瀬拓矢王座を破り、全八冠制覇を達成した。タイトル独占は当時25歳の羽生善治九段が1996年に七冠を制覇して以来のことで、2017年に「叡王」が新設されてからの独占は史上初の快挙となった〉
黒川:第4局は圧倒的に藤井劣勢の展開でしたが、最後の最後で永瀬さんが手を間違えて、一気に形勢が逆転しました。素人から見ても「えっ」と驚くようなミスでした。藤井くんの棋力を信用しすぎて「奥の手があるんじゃないか」と深読みしてしまったんやろうね。藤井聡太の魔力ですよ。
逢坂:うまい人に限って相手の思考を読み過ぎちゃうんだよね。
黒川:そうなんですよ。藤井くんは中学2年生の時に加藤一二三さんとの対局でプロデビューしましたが、僕はその観戦記を書いたんです。まだ14歳なのにすごく落ち着いていて、あの加藤さんに何もさせずに圧倒した。これはモノが違うなとデビュー当時から驚かされました。
逢坂:藤井くんはパッと見がフニャフニャしてて、あんまり強そうに見えないんだけどなぁ(笑)。でも、実際に指してみるとその印象と全然違うんだよね。
黒川:彼は史上最年少で優勝した「詰将棋解答選手権」を5連覇しており、他の棋士とは終盤力のレベルが違う。詰みの30手前くらいまで持ち込めば、相手が何をしようと絶対に勝てると確信しています。しかもプロ棋士になってからはAI(人工知能)を使った研究で鍛えたことで、序盤、中盤にも隙がなくなりました。
逢坂:1996年に羽生さんが初めて七冠を独占した時は、“この人を超える棋士はもう出てこないんじゃないか”と思うくらい強かったけど、やっぱり藤井くんのような人が出てくる。不思議だよね。
黒川:あの時はメディアが過熱して今回の藤井くんと同じようなフィーバーが起きてましたね。でも、同世代の棋士と競い合った羽生さんと違って、藤井くんにはライバルがいません。最初こそ藤井くんに6連勝した豊島将之九段も現在は9連敗中です。王座戦の永瀬さんも藤井くんをよく追い込んだけど、やっぱり勝てなかった。まさに“藤井一強”の時代ですわ。