逢坂:生きていたら名人になってたかな。
黒川:かもしれません。羽生さんとの対戦成績も6勝8敗で十分に伍していた。仲良くなってからはチンチロリンとかをよく一緒にしたけど、そこでも彼は強かった。命と引き換えの勝負運を持っていた。ただ、普通の人間は勝ち逃げになることを避けるけど、あの人は構わずやめる。いつも勝ち逃げされるから、僕が勝った記憶がない(苦笑)。昔の棋士は面白い人がほんまに多かった。
逢坂:そういうところでも人間味があったね。私の中央大学の同期生である故・米長邦雄さんも人前で裸になるような不思議な人でした(笑)。羽生さんはすごく常識人だけどね。
黒川:藤井くんの世代の棋士は部屋に閉じこもってパソコンでAIの研究をしているイメージです。
逢坂「もうAIを使ってはいけません」と将棋連盟が決定したら、また人間力が問われる時代が来るのかな。
黒川:そりゃ無理ですわ。もうみんな頼り切っているし、いくらAIが嫌いな棋士でも今の時代は利用しないと生き残っていけませんよ。
10年ごとにバケモノが出る
逢坂:現在は藤井一強の時代だけど、八冠独占はいつまで続くかな。羽生さんの七冠はどれだけ続いたんだっけ。
黒川:3つ目の防衛戦となる棋聖戦で三浦弘行九段に負け、167日で途切れました。でも、藤井くんは2~3年は続くんやないでしょうか。
逢坂:もっと長い可能性もあるよね。羽生さんは七冠が終わった時、「通常に戻れるのでホッとした」と語ったらしいけど、藤井くんは飄々としていて重圧を感じなさそうだから、のらりくらりと勝ち続けそう(笑)。
黒川:彼はまだ21歳と若く体力もあるので、藤井一強時代があと10年は続くはず。同い年の伊藤匠七段は現在進行中の竜王戦で劣勢ですから、藤井くんを倒すとしたら彼より下の世代でしょうね。
逢坂:あの藤井くんを倒す鬼才がいつ、どう現われるか想像がつかない。ひょっとすると今はまだ小学生かもしれないね。
黒川:将棋界は10年ごとにバケモノが出てくるような気がします。ただ、その時は人間相手に強くなったのではなく、AI相手に強くなった“AIの子”になるやろうね。
逢坂:あと10年か20年もしたら藤井くん自身にも変化が生まれて、羽生さんのように人間味が出てくるのかもしれないね。その時でも今の強さを保っていられるのか。非常に興味があるけど、20年経ったら私は100歳になっちゃうな。
黒川:逢坂さんなら大丈夫ですよ(笑)。我々将棋ファンはみな藤井聡太を超える新星が現われることを願っています。それらしき棋士の姿はまだ見えませんが、その時を楽しみに待ちたいですね。
(了。前編から読む)
【プロフィール】
逢坂剛(おうさか・ごう)/1943年、東京都生まれ。中央大学法学部卒業後は、博報堂に勤める傍ら執筆活動を行ない、1986年に『カディスの赤い星』で直木賞を受賞。「百舌シリーズ」「禿鷹シリーズ」など著書多数。文壇にかつて存在した将棋タイトル「棋翁位」の設立メンバーでもある。
黒川博行(くろかわ・ひろゆき)/1949年、愛媛県生まれ。京都市立芸術大学卒業後、美術教師などを経て、1983年に『二度のお別れ』で作家デビュー。2014年に「疫病神」シリーズの『破門』で直木賞を受賞。そのほか『後妻業』など著書多数。2016年に行なわれた藤井聡太のプロデビュー戦など数々の観戦記を寄稿している。
※週刊ポスト2023年11月10日号