21歳にして将棋界の8大タイトルを独占──藤井聡太八冠の活躍で、かつてない熱狂が巻き起こっている。研究にAIを活用する“新時代の天才棋士”は、27年前に当時の7大タイトルを制覇した羽生善治九段とどこが似ていて、何が違うのか。そして、強いのはどちらか。文壇きっての愛棋家である逢坂剛氏と黒川博行氏が語り尽くした。【前後編の後編。前編を読む】
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逢坂:さっきAIが藤井くんの強さをさらに磨いたという話が出たけど、私は昔の将棋のほうが魅力的だった気がするな。
黒川:今の棋士は序盤の勉強はみんなAIに頼っていて、昔ながらの矢倉のような戦法はほとんどなくなりました。AIの発達によって戦法も定跡も変わりましたね。
逢坂:AIが考えた定跡はないんじゃないの? 人間が考えるんでしょ。
黒川:そうですね。人間が考えた定跡からAIが新たな手を生み出し、それを人間が真似することで全員に広がる。その分、人間が考える奇手や新手がなくなっている時代やと思います。たとえば、AIのなかった1990年代に藤井猛九段が生み出した「藤井システム」は革新的な戦法で、1年くらいは将棋界を席巻したけど、今は対策が出尽くしている。
相撲の右四つを得意とする力士なんかと同じで、昔は振り飛車一辺倒など自分が強みとする“型”を持つ棋士がいたけど、AI時代はそれが通用しなくなった。AIの評価値が低い振り飛車は廃れ、みんなが「角換わり腰掛け銀」など同じ戦法を使うようになった。個性を持つ棋士がどんどんいなくなってますね。
逢坂:たしかにそうだね。でも、将棋の魅力は自身の頭をたくさん使って答えを導く「人間力」にあるから、機械頼みになって、みんなが同じようになると面白くないな。
黒川:羽生さんも昔は定跡から離れた奇手がクローズアップされました。彼は発想が普通の棋士と違って、1989年の加藤一二三戦で見せた「伝説の5二銀」などは今も将棋ファンの語り草です。
逢坂:そう考えると「羽生世代」は個性的な棋士が多かったな。羽生さんや佐藤康光さん、郷田真隆さんはみんな強かった。特に羽生さんと同期で、先に永世名人の資格を得た森内俊之さんと羽生さんの対局からは、沸々とたぎるライバル心が見えました。将棋史に残るライバル関係だった。
黒川:羽生さんと森内さんと佐藤さんは若い頃、一つ上の世代の棋士である島朗さんが主宰する「島研」という勉強会で徹底的に将棋を研究しました。名伯楽の島さんのもとで切磋琢磨したことが羽生世代の強さにつながったんやと思います。
逢坂:クロちゃんは羽生世代の一人で天才棋士と謳われた故・村山聖さんの評伝も書いているよね。
黒川“怪童丸”と呼ばれてました。最初にインタビューした時は何を聞いても一言も喋らず、師匠の森信雄さんがすべて代弁していました。彼は幼い頃から将棋が強く、それを周囲に利用されてきたので、大人を信用していなかったのでしょう。