気になるのは才能をなお求める片桐に、〈作家は、むしろなんの才能もない人間のために存在する職業だ〉と言い切る主人公の信念だ。
「これは僕の嘘偽りのない本音で、大学からビジネスサークルに入って、外資のコンサル行って、何千万も稼いでますみたいな友達が、一番才能あるヤツっていうか、社会のしくみを一番、ハックできているわけです。しかも素で何の逡巡もなく。
それができずに後ろの方に置いてきぼりにされたのが、僕ら小説家で、でも実際はみんなも騙し騙し生きてるから、後ろの方で喚いてる連中の声に時々感動したりする、くらいでちょうどいいのではないでしょうか」
それこそ小説とは様々な出来事における3月11日を描く芸術で、そこには描かれない無数の3月10日を、作中人物も読者も生きていると著者は言う。虚と実の関係もあるいはそういうものかもしれず、わからないものも虚構を通じてわかろうとする体験が、小川作品最大の魅力でもある。
【プロフィール】
小川哲(おがわ・さとし)/1986年千葉県生まれ。東京大学大学院総合文化研究科博士課程退学。在学中の2015年「ユートロニカのこちら側」で第3回ハヤカワSFコンテスト大賞を受賞しデビュー。2017年に『ゲームの王国』で第38回日本SF大賞と第31回山本周五郎賞。2022年刊行の『地図と拳』で第13回山田風太郎賞と第168回直木賞、『君のクイズ』で第76回日本推理作家協会賞を受賞するなど、目下人気・実力共に最も注目されるエンタメ小説界の気鋭。183cm、71kg、O型。
構成/橋本紀子 撮影/国府田利光
※週刊ポスト2023年11月10日号