ライフ

直木賞受賞・小川哲氏インタビュー「自分から遠いものを理解しようとしたり、他者をわかろうとするのが小説を書く動機」

小川哲氏が新作について語る

小川哲氏が新作について語る

 主人公は、2010年に就職活動でもするかと思い立ち、新潮社のエントリーシートを取り寄せたものの、〈あなたの人生を円グラフで表現してください〉との質問に手が止まってしまう、東京大学大学院生の〈僕〉。

 彼は当時付き合っていた〈美梨〉の母親から〈小川くん〉とも呼ばれており、誰がどう見ても著者らしき人物を軸に、先頃『地図と拳』で第168回直木賞を受賞した小川哲氏の最新刊『君が手にするはずだった黄金について』は展開する。

 この結局は円グラフも書けずに終わった就活の顛末を描く「プロローグ」から、晴れて山本周五郎賞候補となってからの微妙な揺れを描く「受賞エッセイ」まで、自身のリアルな作家生活や人間関係に材をとる全6話は、小川氏の手にかかるとどれも小説として成立してしまうから、驚きである。

 どうやら『地図と拳』の満洲や、『ゲームの王国』のカンボジアのような舞台を用いずとも、この著者には書けること、書きたいことが、まだまだあるらしい。

「今回は自分の経験や考えがベースになっているし、友達といる時の感じなんて、ほぼこのまんまです。だからって別に私小説を書くつもりもなくて、元々は小説家の目を通じて小説について考える小説を書こうとしていたんです。その小説家を誰にしようかとなった時、『ま、小川哲でいいんじゃない?』みたいな(笑)。

 要は小説とは何かということを、小説家の目線からダイレクトに書きたくて、それもフィクションでしか思考できないやり方でやれたらなあと。事実しか書けない論文やエッセイより、たとえ嘘でもお話を通じて考えてみたかったんです」(小川氏、以下同)

 例えば第1話の僕である。件の円グラフは設問自体、哲学者ギルバート・ライルの言う〈カテゴリー・ミステイク〉にあたり、答えは書けなくて当然という話を延々した上で、〈『あーめんどくさ』って思ったでしょ?〉とわざわざ訊く彼は、〈でもまあ、エントリーシートを取り寄せたことは、人間として大きな進歩なんじゃないかな〉と美梨から言われ、〈すべての局所的な進歩は、大局的な退化である〉と、さらなる考えに耽ったりするのだ。

「普通は大人になると渋々ながら許容していく諸々が、彼は許容できないタイプなんですよね。僕と同じで。ひょっとしたらみんなが妥協することを妥協しないで生きるのが小説家かもしれず、大人がスルーしがちなことを一々子供みたいに立ち止まって考えるのも、小説家の仕事かもしれない。

 ただし単に喚いていても誰も耳を貸してくれないし、その喚く自分をどう面白く書き、興味を持ってもらうかとか、そっちも同時にできる人じゃないと小説って書けないと思うんですね。つまり何かと面倒な自分を、『あ、まためんどくさいこと言ってる』と自覚することも、小説家には必要なスキルだと思います(笑)」

関連記事

トピックス

田村瑠奈被告(右)と父の修被告
「ハイターで指紋は消せる?」田村瑠奈被告(30)の父が公判で語った「漂白剤の使い道」【ススキノ首切断事件裁判】
週刊ポスト
指定暴力団六代目山口組の司忍組長(時事通信フォト)
暴力団幹部たちが熱心に取り組む若見えの工夫 ネイルサロンに通い、にんにく注射も 「プラセンタ注射はみんな打ってる」
NEWSポストセブン
10月には10年ぶりとなるオリジナルアルバム『Precious Days』をリリースした竹内まりや
《結婚42周年》竹内まりや、夫・山下達郎とのあまりにも深い絆 「結婚は今世で12回目」夫婦の結びつきは“魂レベル”
女性セブン
騒動の発端となっているイギリス人女性(SNSより)
「父親と息子の両方と…」「タダで行為できます」で世界を騒がすイギリス人女性(25)の生い立ち 過激配信をサポートする元夫の存在
NEWSポストセブン
宇宙飛行士で京都大学大学院総合生存学館(思修館)特定教授の土井隆雄氏
《アポロ11号月面着陸から55年》宇宙飛行士・土井隆雄さんが語る、人類が再び月を目指す意義 「地球の外に活動領域を広げていくことは、人類の進歩にとって必然」
週刊ポスト
九州場所
九州場所「溜席の着物美人」の次は「浴衣地ワンピース女性」が続々 「四股名の入った服は応援タオル代わりになる」と桟敷で他にも2人が着用していた
NEWSポストセブン
初のフレンチコースの販売を開始した「ガスト」
《ガスト初のフレンチコースを販売》匿名の現役スタッフが明かした現場の混乱「やることは増えたが、時給は変わらず…」「土日の混雑が心配」
NEWSポストセブン
希代の名優として親しまれた西田敏行さん
《故郷・福島に埋葬してほしい》西田敏行さん、体に埋め込んでいた金属だらけだった遺骨 満身創痍でも堅忍して追求し続けた俳優業
女性セブン
佐々木朗希のメジャーでの活躍は待ち遠しいが……(時事通信フォト)
【ロッテファンの怒りに球団が回答】佐々木朗希のポスティング発表翌日の“自動課金”物議を醸す「ファンクラブ継続更新締め切り」騒動にどう答えるか
NEWSポストセブン
越前谷真将(まさよし)容疑者(49)
《“顔面ヘビタトゥー男”がコンビニ強盗》「割と優しい」「穏やかな人」近隣住民が明かした容疑者の素顔、朝の挨拶は「おあようございあす」
NEWSポストセブン
歌舞伎俳優の中村芝翫と嫁の三田寛子(右写真/産経新聞社)
《中村芝翫が約900日ぶりに自宅に戻る》三田寛子、“夫の愛人”とのバトルに勝利 芝翫は“未練たらたら”でも松竹の激怒が決定打に
女性セブン
天皇陛下にとって百合子さまは大叔母にあたる(2024年11月、東京・港区。撮影/JMPA)
三笠宮妃百合子さまのご逝去に心を痛められ…天皇皇后両陛下と愛子さまが三笠宮邸を弔問
女性セブン