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【藤井聡太八冠】師匠・家族・地元に支えられた偉業 “盾となった”杉本昌隆八段は自分の時間を削って取材を受けた

藤井聡太八冠

藤井聡太八冠

 厳しい競争を勝ち抜き、プロ棋士になれるのは原則として年間で4人のみ。現役の棋士は170人ほどしかいない。「天才集団」と呼ばれる彼らの中で、藤井聡太はなぜ頂点に立てたのか。藤井と杉本昌隆師匠の対談取材をしたことがある、野澤亘伸氏がルーツを辿った。【全3回の第3回】

 * * *
 デビューからわずか7年。10月11日、将棋界に史上初の八冠が誕生した。藤井聡太八冠の前に立ちはだかった棋士たちも、身を削るような研究をもって臨んだはずである。しかし終わってみればスコアは藤井の圧勝だった。比類なきスターの誕生が長く冬の時代といわれた将棋界に、“神風”というべき大ブームを呼んでいる。

 以前、師匠の杉本昌隆八段に話を聞いたときに、師匠として唯一心配だったのは「藤井の興味が将棋以外のことに向いてしまうこと」だった。実際に弟子の中にはほかの分野の勉強に興味を持ち、奨励会を退会していった棋士もいた。デビュー後のマスコミの狂騒の中で、藤井の盾となった杉本師匠の存在は大きい。殺到する取材攻勢を師が引き受けざるを得なかった。

「正直、私自身の将棋を勉強する時間を削っていますから、棋士のあるべき姿ではないと思います。若い頃の気持ちからすれば、いまの自分は恥ずかしくもある。でも藤井がすべての取材を受けるとなると膨大な時間が奪われてしまう。それは将棋界の損失ですから」

杉本将棋研究室の階段を上る藤井七段(ʼ20年当時)。研究室は杉本八段の自宅の3階にある

杉本将棋研究室の階段を上る藤井七段(2020年当時)。研究室は杉本八段の自宅の3階にある

瀬戸の人たちが藤井八冠を振り回さない

 今回、瀬戸の街を訪れて感じたのは、地元の人たちの藤井への温かさだ。藤井家が訪れた焼き肉店「金泉」の林さんは、注目が集まり始めた頃の様子を母親から聞いている。

「駅で多くの人から注目されすぎてしまうらしいんですよ。それがすごいストレスだったみたい。初タイトルをとった後にも家族でいらしたのだけど、表情がとても疲れている感じでした。最初の頃は私もお店の前に“藤井くんおめでとう”とか貼ったけど、いまは静かに応援しています。瀬戸市民の人たちはそうだと思いますよ」

 藤井の母親が来たことがあるという、せと銀座通り商店街のセレクトショップを営む飯島さんは、こう話す。

「お母様はとてもユーモアがあってお話も上手なのですが、決してメディアに出ることはしない。私なら自分の子が歴史上の人物になるってどんな感じなのかなって思うけど、世間の評価というものにあまり関心がないのだと思います。だから、振り回されることもないのでしょうね」

 トップ棋士の多くが研究環境を求めて東京や大阪に集まる中、藤井はいまも地元の愛知県瀬戸市に住み続けている。メディアからAIの申し子のように呼ばれるが、彼を知る者たちは「藤井は人と指して強くなった」と言う。杉本師匠と出会えたのも、藤井にとっては幸運だった。幼い頃から将棋に打ち込めた環境と、地元に根ざした人々の優しさ。歴史ある瀬戸の街が、史上最強の棋士を生んだ。

杉本師匠の師匠にあたる故・板谷進九段。東海地区の将棋普及に多大な功績を残した。プロ棋士の祝賀会で当時14才の藤井は「東海地区にタイトルを持って帰る」と宣言。孫弟子が悲願を果たした

杉本師匠の師匠にあたる故・板谷進九段。東海地区の将棋普及に多大な功績を残した。プロ棋士の祝賀会で当時14才の藤井は「東海地区にタイトルを持って帰る」と宣言。孫弟子が悲願を果たした

前人未踏の八冠制覇

前人未踏の八冠制覇

(了。第1回から読む)

取材・文/野澤亘伸 写真/野澤亘伸、藤井家提供

※女性セブン2023年11月16日号

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