【シリーズ・没後1年アントニオ猪木さんを語る】“天皇の執刀医”として知られる天野篤教授。「神の手」の異名を持ち、人工心肺を使わずに心臓を手術する「オフポンプ術」の第一人者は、熱烈な猪木ファンであることを公言してきた。
2012年2月、天皇陛下(現・上皇陛下)の冠動脈バイパス手術を手がけた天野教授は、同年に実現した雑誌での対談を契機に猪木と親交を深めたという。
「プロレスが受け身を競い合う競技だということを、猪木さんが実際のリングで見せてくれた時、テレビで観戦していた頃の“やらせ”や“ショー”といった考え方が一変しました。プロレスとは、鍛えられた美しい肉体で、難しい技をいかにしてダメージなく受け止め続けるかを競う真の『プロスポーツ』だと確信しました」(天野教授)
2013年、NHKの番組で仕事論を戦わせた2人。手術中に「もう1人の自分が体に指令を出すような感じ」があると語った天野教授に、猪木も「プロレスの試合と似ている」と呼応。その後も猪木はしばしば天野教授を食事に誘うなど、親密な関係は数年間続いたという。
「最後の奥様である田鶴子さんを2019年に亡くされた後、猪木さんご本人も体質性の疾患から発症するアミロイド心筋症により入退院を余儀なくされ、その時期からはお会いすることができなくなりました。もっとも『自分の身体は自分が一番わかっている』と信じ込んでいた方だったので、最後の振る舞い方は見事だったと思います」(同前)
亡くなる直前まで、ありのままの姿をファンの前に公開し続けた猪木。天野教授は「闘魂」の生きざまをこう総括した。
「努力の結晶を礎に、あらゆる可能性を実現させていく“多様性の先駆者”だったと思います」
※週刊ポスト2023年11月10日号