「こんなに美しい人がいるなんて」──映画『ローマの休日』を初めて観た時、息を呑んだ。可憐で清楚、上品なのに無邪気。あの日観た彼女、オードリー・ヘプバーンへの憧憬が、今鮮やかに蘇る。
「テレビで恐ろしい光景を見るたびに、いつも自分の無力を痛感していました。でも、ようやく何かをするすばらしい機会を与えられたのです」
「永遠の妖精」と呼ばれた世紀の大女優オードリー・ヘプバーンは晩年、こう語った。幼少期に両親の離婚で感じた愛への渇望。そして学生時代に巻き込まれた第二次世界大戦の悲劇を繰り返さないための使命感で、女優引退後の1988年からはユニセフ親善大使を務め、「愛」と「平和」のために奔走した。
エチオピアやベネズエラなど数十か国を訪れ、貧困にあえぐ人たちに手を差し伸べてきたオードリー。とりわけ子供への慈愛は格別で、必ず抱き締めてあげていたという。そんな彼女が愛読していた詩のなかにこんな一節がある。
〈愛情をこめた人のやさしい慈しみは、けっして失われることがない〉
慈愛に満ちたオードリーが、今まさに戦火が続くウクライナやパレスチナの国民を見たらどう思うだろうか。何の関係もない、ただその場にいるだけで命が奪われていく惨状を。
彼女はこう遺した──「すべての始まりは優しさからだと、私は強く感じています。もし誰もがそんな風に生きたら、世界はどんなに違った姿になるでしょう」
参考文献/『オードリー・ヘップバーンの言葉』(大和書房)
取材・文/辻本幸路
※週刊ポスト2023年11月17・24日号