伝統芸能という言葉は、まさか「不当がまかり通る世界」を表しているのか。歌舞伎公演に不可欠な歴史ある演奏家一派がトラブルに揺れている。窮状を訴える声に、一派のトップと歌舞伎界のプリンスが発した言葉は──。
季節外れの夏日の暑さだった三連休最終日の11月5日。東京・銀座の大通りで、伝統芸能と最新のファッション、音楽、ダンスを融合させたショーイベントが開かれた。伝統芸能の旗手としてランウェーを盛り上げたのは、歌舞伎役者の尾上右近(31才)。
「右近さんは歌舞伎の衣装に顔は白塗りで、獅子舞を引き連れて登場。ショーの先陣を切り、幕開け宣言を行いました」(イベント関係者)
ショーが終わると右近は、「最高でした! これぞ歌舞伎の力。すぐ近くに歌舞伎座があるので、ぜひ来てちょうだい!」と呼びかけていた。
曾祖父に六代目尾上菊五郎を持ち、母方の祖父は昭和の映画スター・鶴田浩二という右近は、七代目尾上菊五郎(81才)のもとで役者としての研鑽を積んだ「歌舞伎界の若きプリンス」だ。
同時に、右近の生まれは三味線の音色に合わせて物語を節で語る浄瑠璃(じょうるり)の一派である「清元節(きよもとぶし)」の宗家。父は現在の家元である七代目清元延寿太夫(えんじゅだゆう・65才)だ。高音を効果的な裏声で聞かせる粋な節回しが特徴で、現在の歌舞伎公演において、清元節を奏でる「清元連中(きよもとれんじゅう)」は演目の“伴奏者”として必要不可欠な存在である。
2014年には、清元節は伝統芸能として重要無形文化財に指定。右近自身、歌舞伎役者でありながら、2018年に清元栄寿太夫(えいじゅだゆう)を襲名した。
だが、ランウェーで見せた陽気な表情とは裏腹に、11月上旬、右近は清元連中の関係者たちに、こんな不穏なメッセージを送っていた。
「週刊誌が動いている。記者には何も話さないように」
それもそのはず、清元連中の一部は「待遇改善」を求めて、家元や、歌舞伎興行主である松竹に対して何度も交渉し、ついには「舞台への出演を拒否する」というボイコットの寸前までいく、というトラブルを抱えているのだ。
月収にして10万円程度
「清元連中の演奏者たちの待遇があまりにひどく、生活するにも困る状況が長らく続いているのです。中には、生活苦を理由に廃業した人もいます。待遇改善を何度も訴えているのに、一向に改善に向けた取り組みが行われないというのです」
そう明かすのは演劇関係者だ。歌舞伎座(東京・中央区)では目下、「吉例顔見世大歌舞伎」が開催中(11月25日まで)である。夜の部の第三幕で上演される演目「三社祭」には右近と坂東巳之助(34才)が出演。2人の漁師が唄や三味線のリズムに合わせて、軽やかに舞う舞踊劇で、全編通してテンポが速く、躍動感にあふれた人気の演目である。
その演奏を担っているのが、いま問題にしている清元連中なのだ。
「清元連中は、10月に名古屋の御園座(みそのざ)で上演された『片岡仁左衛門 坂東玉三郎 錦秋特別公演』でも演奏しました。同公演は2人の大物役者が出演するということで、チケットは売り切れで連日大入りでした」(公演関係者)