もしもあなたががんを患い、余命1年と宣告されたら──死が迫っている絶望の中で、会いたい人、伝えたいこと、やりたいこと、食べたいもの、行きたい場所……自分が本当に望んでいることを知るには、どうすればいいのだろうか。めぐみ在宅クリニック院長の小澤竹俊さんは、お迎えが近くなった患者にこう問いかける。
「初めて病気がわかったとき、どう感じましたか」「治療中につらかったことはありますか」「治療を頑張ったとき、あなたの支えは何でしたか」。
これらの質問に答えるとき、それまで気づかなかった自らの支え、つまり家族や友人の存在、自分が大切に守ってきたこと、自身の誇りや役割などに気づき、不思議と笑顔を取り戻していくという。
人生の最期を意識して初めて、本当に大切なものに気づく人は少なくない。とある50代の銀行員の男性は、職場の定期検診でがんが見つかり、小澤さんの病院に来た。絵に描いたような仕事人間だったその男性は、大きなショックを受けていた。何よりも大切にしてきた、仕事ができなくなるからだ。
「そのかたは、元気な頃は家庭を顧みず働き続け、すべてのことを会社の利益になるか否かで判断していたそうです。ですが自分が病気によって“仕事ができない側の人間”になったことで、価値観が180度変わった。本当に大切なことは利益や成果などではなく、仲間や顧客、そして何より、家族との信頼関係だと思うようになったのです」(小澤さん)
亡くなるまでの間、男性は家族や同僚などの大切な人一人ひとりに向けて、直筆の感謝の手紙を書き続けたという。
緩和ケア専門の有料老人ホーム「GARO HOME 鶴舞」経営者で自身も看取りに立ち会ってきた看護師の金丸直人さんは、死の間際に立たされてからでも人は変わることができると言う。
一昨年に都内の病棟で亡くなったとある80代の男性は、地方で暮らす息子夫婦とも、妻とも、最期の言葉を交わすことはなかった。男性の息子が涙ながらに語る。
「まだコロナ禍の最中でしたから、父が末期がんとわかると同時に“死に目には会えないんだろう”と覚悟してしまったんです。父も“見舞いはいいよ”と言っていました。でも、だからといって顔を見せることを諦めなければよかった。スマホやタブレットを使ってリモートで面会できたかもしれないし、医師に頼み込めばひと目会えたかもしれない。父はきっとさみしかったはずです。いまだに後悔しています」