同書では、敗れ去っていったボクサーが語る井上の凄さだけでなく、彼らの人生も描いている。森合氏はその理由についてこう言う。
「自分を負かした選手のことをオープンに話してくれたその気持ちに最大限応えるのが礼儀だと思ったのももちろんですが、“大きな壁にぶつかった時にどういう選択をするのか”という物語も伝えたかった。たとえば、本書にも登場する田口良一さん(元WBA、IBF世界ライトフライ級統一王者)は、2013年に井上選手との日本ライトフライ級王座防衛戦か、それを避けての世界戦挑戦かの二択を迫られ、前者を選び、日本タイトルを手放すことになりました。しかし、その時の経験があったからこそ、2014年に世界王座を獲得できたと言っています。大きな選択を迫られることは誰の人生や仕事においてもある。ボクシングファン以外の人にも読んでほしいという思いもあって、彼らの人生にも焦点を当てました」
来る12月26日、井上はマーロン・タパレス(WBA・IBFスーパーバンタム級王者)との4団体王座統一戦に臨む。この一戦、そして今後の井上の試合は「対戦相手の人生にも大きな影響を与え続ける」と森合氏は語る。
「田口さんは井上選手の試合があるたびに『あの“怪物”と戦って、よくKOされなかったね』と周りから言われるそうです。井上選手が右肩上がりで上に行けば行くほど、彼に敗北した人たちの評価も比例するように上がり続けていく。彼らの人生にも、スポットライトがより当たるようになっていくと思います」
リングのなかで繰り広げられる拳のぶつかり合いが生み出すものは、単なる勝敗だけではない。だからこそ、ボクシングは多くの人を魅了するのかもしれない。
■プロフィール 森合正範(もりあい・まさのり)/1972年、神奈川県横浜市生まれ。東京新聞運動部記者。大学時代に東京・後楽園ホールでアルバイトをし、ボクシングをはじめとした格闘技を間近で見る。卒業後、スポーツ新聞社を経て、2000年に中日新聞社入社。「東京中日スポーツ」でボクシングとロンドン五輪、「中日スポーツ」で中日ドラゴンズ、「東京新聞」でリオデジャネイロ五輪や東京五輪を担当。雑誌やインターネットサイトへの寄稿も多く、「週刊プレイボーイ」誌上では試合前に井上尚弥選手へのインタビューを行っている。著書に『力石徹のモデルになった男 天才空手家 山崎照朝』(東京新聞)。
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