手塚治虫の『鉄腕アトム』がきっかけで研究者を目指した人も少なくない(写真/共同通信社)

手塚治虫の『鉄腕アトム』がきっかけで研究者を目指した人も少なくない(写真/共同通信社)

いちばん僕らに近く煮え切らないやつ

『鉄腕アトム地上最大のロボット』をリメイクした『PLUTO』のプロデュースを務めた漫画原作者・長崎尚志氏(67)はアトムに出会い、カルチャーショックを受けた。

「漫画は親がいい顔をしなくて、買ってもらえなかったんですよ。僕が小学生の頃に『鉄腕アトム』は人気で、雑誌形式の総集編まで出るほどでした。本屋でアトムの表紙を見て『新しいのが出たんだ。欲しいな』なんてね。どうすれば漫画が読めるか考えて、連載誌『少年』を買っている友達の家へ通いました(笑)」

 最初に衝撃を受けたのは『人工太陽球の巻』。触手を動かす太陽型のロボットが、高熱で地球を破壊する。「こんな漫画があるんだ……」と驚いたと語る。

「アトムでいちばん傑作だと思うのは『PLUTO』の原作でもある『地上最大のロボット』です。このエピソードはクラスのみんなが『今度のアトム面白いな!』と話題にしていました。まさに少年時代の衝撃作です。

 人間を憎み、革命を企てる『青騎士』の話もすごかった。実は『PLUTO』に登場する人間を殺したロボット『ブラウ1589』は青騎士のオマージュなんです。アトムマニアだった僕らだからこそ、『PLUTO』はオールドファンにも、若い層にも受け入れられる作品になったのだと思います」

 長崎氏は「当時、流行っていた漫画で、“いちばん僕らに近く煮え切らないやつ”がアトムでした。人間的な迷いが多すぎる、だからちょっとダサい感じなんです」と指摘する。

「アトムはいつも敵を前に躊躇する。目の前の危険な相手をすぐに悪いやつだと決めつけません。『やったことは悪いけれども……』と逡巡して、立ち止まる。子どもは勧善懲悪が好みなので『悪いやつはやっつけちゃえ』と思っても、アトムは毎回悩むのです。幼い僕にとっては新鮮な価値観でした。最終的に敵が改心するのもアトムならではの展開でしょう。

 手塚治虫先生の作品の根底には必ず『戦いはいけない』というメッセージが込められていた。それは当時の学校教育も同じでしたが、戦争を生き抜いた人の想いや悔恨がいちばん色濃かったのが、手塚先生の漫画だったと思います」

(了。前編を読む

※週刊ポスト2023年12月1日号

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