相手を思うがゆえの厳しい言葉は、時に褒め言葉よりもうれしい大切な宝物になる。
「怒られたけどうれしい。そう感じたのは、あれが最初で最後かなと思います」。そう話すのは瀬戸内寂聴さん(享年99)の秘書を約10年務めた瀬尾まなほさん(35才)。瀬戸内さんのもとで働き始めたのは23才のときだった。
「当時は就職氷河期。仕事を探していたとき、瀬戸内の行きつけのお茶屋さんでアルバイトをしていた友人が、“寂聴さんが新しいスタッフを探している”と声をかけてくれたのがきっかけです。有名な人であること以外、瀬戸内のことはよく知りませんでした。自分とは住む世界が違う人だと思っていました」(瀬尾さん・以下同)
緊張して“面接”に向かったが、瀬戸内さんは驚くほど優しく、話しやすい人だった。
「“私の小説は読んだことある?”と聞かれて、正直に“ないです”と答えました。後から聞くと、“ない”と堂々と言えたから採用されたみたいです。“作家志望だったり、文学少女だったりしたら仕事にならないから”と」
瀬戸内さんはことあるごとに瀬尾さんを褒めた。来客があると「最近入った若い子なのよ」「かわいいでしょ」と紹介してくれたという。だが、瀬尾さんはそれを素直に受け取れずにいた。
「当時の私は就職先がなかなか決まらず、自己肯定感が低かった。褒められてうれしい半面、“私なんか”という思いが消えなかったんです。それでも瀬戸内は“せっかく若いんだから、もっといろんなことに挑戦したら”と、私の背中を押し続けてくれました」
そんなある日のこと。瀬尾さんが再び「私なんか」と口にすると、瀬戸内さんはにわかに表情を曇らせ、厳しくこう言い放った。
「“私”という存在はこの世でたった1人しかいないの。自分を粗末に扱う人間は、寂庵にはいらないわ」
瀬戸内さんに初めて叱られた瀬尾さんはギョッとしたが、同時にその言葉に深い愛情を感じたという。
「怖い顔でピシャリと言われて驚きましたが、私のことを思って怒ってくれたのが伝わってきました。じわじわとうれしくなり、“ありがたいな”と思えるようになりました」
瀬戸内さんの好きな言葉に「若き日に薔薇を摘め」という言葉がある。若いうちは傷ついたとしてもその傷はすぐに癒える。傷つくことを恐れず挑戦しなさいという意味だ。
「瀬戸内はこの言葉通り、自分の好きな“書く”ということをひたすら貫き通してきた。そんな瀬戸内からすると、若いのに“傷つくのが怖い”と頭でっかちに考えて、“私なんか”と尻込みし何もやろうとしない私が腹立たしかったのでしょう」