2017年秋の初回放送以来、深夜枠ながら圧倒的支持を集めた『ハイパーハードボイルドグルメリポート』という番組をご存じだろうか。
同名著書の目次だけでも、〈リベリア 人食い少年兵の廃墟飯〉〈ケニア ゴミ山スカベンジャー飯〉等々、世界の危険地帯に分け入り、そこに生きる人々の日常をグルメ番組と称して可視化してみせた元テレビ東京、上出遼平氏(34)が、今度は小説を書いたという。山を歩くと書いて、『歩山録』だ。
主人公は東京郊外で育ち、昔は両親と山歩きに行った、製薬会社の営業職〈山田〉。6月半ば、朝帰りでごった返す土曜の新宿駅から中央線に乗り、奥多摩をめざした彼は、雲取山~甲武信ヶ岳~金峰山と、2000メートル級の稜線を伝い、北杜市に至る、7日間の単独行に出る。
だが彼は出発早々、朝の路上に転がる酔客を腐し、かと思うとホームで電車を待つ間、朝食のサンドイッチを口にしただけで咎めるような視線を向ける人々に、〈これだから生きづらいんだ東京は〉〈ルールばかりが増えて、他人を許せない人ばかりが増えて〉と毒づく、なかなかに面倒な男だった。そんな〈理屈の敬虔なる信者であり、奴隷〉が山を歩くことで解放されるかと思いきや、物語は虚実すら不確かな混沌たる世界へと転がっていくのである。
「山田は結構自分に近くて、僕自身の理屈信仰を極端にしたヤツが山を歩いたらどうなるだろうなっていう、1つの実験ではありました。そもそも連載を依頼された時点では小説を書く気は全くなくて、いつか書きたいとは思いつつ、自分にはまだ早いと思って避けていたのが、小説なんですね。
だったら自分が旅をして、そこで見たものとか感覚を文章で共有する方がずっとシンプルだし、いつも僕は山歩きばっかりしてるんで、じゃあ山の話を書こうと。それが気づくと小説と呼ばれるものになっていた、というのが正確なところで、歩いたルートも見たものも、わりと本当のことで構成された小説ではあります」
と本書を小説と言い切るにも、上出氏は慎重を期す。
「僕には境界線を疑うクセがあるんですよね。『ハイパー』なんて人殺しばっかり出てきますが、彼らは本当に真っ黒なのかと、飯を通じて感じさせるのがあの番組でしたし、小説とノンフィクションの境目も意外と難しいなあと思って。
あの番組は僕が見た世界ではありますが、100%、事実の羅列では当然ない。仮にこの世界を言葉で描写した場合、こぼれる部分は9割9分9厘に近く、僕が見たものが確かかどうかも、実はわからないわけです」
この1週間の山行を前に、体を鍛えるより〈知識〉を蓄えた入社6年目の山田は、山岳用品店で店員に薀蓄を披露して逆に引かれたり、歩くことで〈普段より余計に思考〉する自分を〈歴々の先覚者〉に擬えたりと、傍目には笑える人でもある。
「僕がそうですから(笑)」