舞台は、スマートフォンが生活必需品のポジションを眼鏡型〈VRゴーグル〉に完全に取って代わられた、半歩先の未来。
「一応想定したのは2030年代で、来年発売予定のApple Vision Proがまさにこういう世界観ですよね。眼鏡型になるにはもう少し時間がかかりそうですけど、超未来とかでは全然ない」
が、技術がどう進もうと殺人は起きるらしく、町田市内の空き地でドラム缶に入った焼死体が発見され、本庁捜査一課の〈南条〉とともに身元の特定にあたる町田署刑事〈保田真萩〉と、わけあって警察官を辞め、家にこもってゲームばかりしている真萩の元同期〈瀧川〉の視点で、貫井徳郎氏の新作『龍の墓』は進む。
そして瀧川もハマっている人気VRゲーム〈ドラゴンズ・グレイブ〉、通称ドラグレの仮想空間と、真萩が抱える現実の事件とを行き来するうち、さらなる事件が発生。しかもネット上では、その手口がゲームの中の連続殺人と瓜二つだと噂が立ち、捜査は攪乱されていく。犯人はなぜドラグレを真似、「見立て殺人」にする必要があったのか──。ゲーム+本格推理という、著者初の試みが幕を開ける。
読書に映画にドラマにと、「毎日意識的に物語を摂取している」という貫井氏にとって、ゲームもその1つ。
「僕の場合はドラクエやFFを人並にやる程度でしたが、作家になってからというか、ここ2、3年ですね。毎日やるようになったのは。ちなみに今やってるのはRPGなんですけど、基本的にはストーリーを愉しむためにやっているんだと思います。同じ物語を作る者として」(貫井氏、以下同)
実は本書の構想もそんな物語の1つ、映画『フリー・ガイ』(2021年)に触発されて生まれながら、「なぜかバリバリの本格になってしまいました」とブログにはある。
「あの映画もVRゲームの世界と現実が同時進行して、1つの事件に収斂していく。その虚と実の繋がり方が面白くて、同じ手法をミステリーで生かすなら見立て殺人が一番面白そうだと。そう思ったのはいいんですが、ゲームの中の殺人も単なる背景ではなく、緻密な謎をちゃんと構成して描かないと面白くならないことに、途中で気づいたんです。
元々僕は人間描写よりもトリックに興味があって、本当は本格の書き手になりたかったんですよね。でも自分にはその才能はないと見切ることでデビューできた人間なので、自己評価は今でも本格作家ではないし、今回も『これは本格として書くべきだ』という作品の要請で腹を括り、トーンも結果的に違うものになった。前半はまだ僕の小説っぽいけど、密室とか凶器なき殺人とか、いかにも本格風の謎解きが展開する後半だけを読んだら、たぶん誰の本かわからないと思います」