1980年代の巨人で熾烈なエース争いを演じた江川卓(68)と西本聖(67)。メディア初対談で当時の裏話を語り尽くす。1979年8月1日、西本が連続試合出場記録の続く衣笠祥雄にデッドボールを当て、骨折させてしまう。その後、西本が衣笠に電話で謝罪すると「勝てるのに勝てなくて損したな」と優しく言われたという。(聞き手/ノンフィクション作家・松永多佳倫)【全3回の第3回。第1回を読む】
江川:バッターは当てられた時、投げ損ないか、狙って当てたかわかる。狙ったんじゃないことは衣笠さんの言葉が証明しているようなもんだよ。
ニシのシュートはよく曲がったもの。左ピッチャーのスライダーよりよく曲がるんだから。体重かけて投げるから、ググッと重くてシンカーみたいに少し落ちる。バッターがみんな詰まってた。
西本:だからよくバットを折ったし、ゲッツーも取って楽しかったわ。
江川:覚えてるのは1987年、落合(博満)さんが中日に来たばかりの後楽園での開幕戦。何とか打とうと頑張るけど、詰まってショートまでなんだよね。引っ張ってもサードゴロまでだった。あの三冠王の落合さんがどうしても打てなかったんだから。
西本:全球シュートだった。落合さん、5月か6月に左手腱鞘炎になったんだよ。西本のインコースのシュートを落合は打てないということで、みんな真似してインコース攻めされて痛めたらしい。それからフォームを変えたって。後に中日で一緒になるんだけど、あの開幕戦のこと聞いてくるかなと思ったら一度も聞かれなかった。やっぱり三冠王のプライドだよね。
──1979年秋の「地獄の伊東キャンプ」では、ブルペンで並ぶ2人が300球以上を投げ続けてメディアにも注目されました。
江川:投げ込みってどっちが先に投げ始めたの?
西本:ほとんど一緒くらいじゃない?
江川:普通は一緒に投げることはないんだけど、キャンプだからって並んで投げたんだよね。そしたらニシが止めないから。
西本:違う違う、江川さんが止めないから。
江川:キャッチャーの所(憲佐)さんが、「お前らいい加減にせえ」って、最後に1球ずつってなったんだよね。2時間くらい投げていた。300球以上かな。ニシは全部本気で投げてたと思うけど、こっちは全力では全球投げられないから。真剣に投げつつ途中抜くのは大変なんだから(笑)。
西本:隣同士だと普通は声かけ合いながら投げるけど、お互い何もしゃべらずに黙々と投げていたから。
江川:あれからマスコミは仲悪いと思ったのかな。“不仲説”の始まりだったかもしれない。