全50作を数える『男はつらいよ』シリーズは、まさに国民的映画であり、年末年始の風物詩でもあった。1969年公開の第1作『男はつらいよ』から、主人公である「フーテンの寅」こと車寅次郎の妹、さくらを演じた倍賞千恵子に、“私にとっての「寅さん」”を語ってもらった。
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全50作の『男はつらいよ』は、私が出演した映画177本のうちの約3分の1ですから特別な作品です。撮影中はそんなこと意識していないのですが、何かの拍子に満男役の吉岡秀隆さんに「大きくなったなあ」って思うことがあって(笑)、「ああ、ひとつの作品に長く携わってきたんだな」と実感するようになりました。
今も一番印象に残っているのは1作目です。台本を読んだ時、私が暮らしていた町と柴又がとてもよく似ていて、「どんな作品になるんだろう」とワクワクしたことを憶えています。当時はスタッフの声がそれはもう激しく飛び交うような、活気に満ち溢れた撮影現場でした。でも、シリーズ終盤になると役者もスタッフもすっかり大人しくなって、静かになっていきました(笑)。
さくらは、私にとって尊敬する女性です。主婦なので大根やお豆腐の値段をわかっているし、おいちゃんやおばちゃんと“普通”の暮らしをしている。それに比べて当時の私は、移動中の車でご飯を食べて仮眠を取ったりの毎日で、一般社会からかけ離れた生活でした。
正直に言うと、町で知らない人から「さくらちゃん」と声をかけられることを重荷に感じた時期がありました。渥美さんに話したら、「生意気言うんじゃない!」と怒られて……「役者が役名で呼ばれるのは名誉なことなんだぞ」と。本当にそうだなと反省しました。
『男はつらいよ』は、さくらの人生を通してさまざまなことを学んだ、私にとっての“人生の学校”。大切な思い出がたくさん詰まっています。
【プロフィール】
倍賞千恵子(ばいしょう・ちえこ)/1941年生まれ、東京都出身。1961年映画デビュー。1963年『下町の太陽』以降、『幸福の黄色いハンカチ』(1977年)、『遙かなる山の呼び声』(1980年)など、山田洋次監督作品に欠かせない女優に。近年はコンサートや講演活動などで幅広く活動。
※週刊ポスト2024年1月1・5日号