ハーブ研究家のベニシア・スタンリー・スミスさんは、京都・大原にある自宅で、2023年6月21日、誤嚥性肺炎のため亡くなった。
自宅で最期を看取った夫で写真家の梶山正さんは、「本当に静かに息を引き取りました。ベニシアが愛したこの家で最期を迎えることができてよかったと思います」と話す。
大原に移り住んだのは1996年。それまで住んでいた家を立ち退くことになり、100軒以上もの物件を見て回った末にこの家と出合ったという。
「ぼくは一目見た瞬間に気に入りましたが、ベニシアは『ついに私が死ぬ場所を見つけた』と言ったんです。大げさだと思ったけど、その後のエッセイでもそう書いていますから。
彼女はイギリス貴族に生まれて、子供の頃から自然の中のコテージで暮らすのが夢だと言っていたので、ここで暮らしてここで死にたいというのは、正直な気持ちだったと思います」(梶山さん・以下同)
大原の築100年以上の古民家は、その理想にぴったりだと感じたのだろう。老朽化した家に手を入れ、庭にハーブを植えて料理や暮らしに取り入れた。ハーブ研究家として活動を始めたのもこの家からだ。
2009年から始まったNHKの『猫のしっぽ カエルの手』シリーズは、自然と寄り添って暮らすベニシアさんの様子をつづり、たびたび再放送される人気番組となった。
2015年(当時64才)、ベニシアさんは「目が見えにくい」と訴え始め、2018年になってPCA(後部皮質萎縮症)という神経変異疾患を患っていると診断された。これは、進行とともに視力が衰えて失明し、認知機能が低下することもある病だ。
「その頃、家政婦さんが辞めたため、もう自分がみるしかないと思いました。
でも、外出先で『トイレに行きたい』と言われると、女子トイレの前までは連れていけても中までは入れない。視力と認知機能が低下しているベニシアは、用を足した後に出てこられないことがありました。そんなときは親切な人に助けられることが多く、感謝する毎日でした」
病気が進行すると「施設のお世話になった方がいい」というケアマネジャーのアドバイスもあり、ベニシアさんは嫌がっていたが入所することに。だがその後、新型コロナにかかった後、肺炎になって入院することになり、そこで担当医に「家に連れて帰りなさい」と言われたという。
「ぼくが『仕事があるから』と言うと、『仕事なんか辞めたらいい』と強く諭されました。『あと2〜3か月の命』だと。ようやくその意味がわかり、在宅介護を決心。それから退院までの約1か月間、介護で困らないため“たんの吸引”や、おむつを替えるトレーニングを病院でさせてもらい、2022年の夏から在宅介護に切り替えました」