年末年始に家族で楽しむ作品として長く親しまれてきた映画『男はつらいよ』シリーズは、渥美清さんが演じた主人公・車寅次郎が出会った女性に惚れて振られる、というパターンの人情喜劇である。ロングセラー『ストーリーとしての経営戦略』で知られる経営学者の楠木健氏は、寅さんが惚れる「マドンナ」のなかで最も印象的だったのは第3作『フーテンの寅』(1970年)の旅館の女将・志津だという。楠木氏が、新珠三千代が演じた志津の魅力について語った。
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容易に真似されないスタイルの確立は、経営においてもとても大事なことです。かつて渥美清さんはシリーズが始まった時に「“乗って”やっている」と語ったそうです。練り上げた芸風を作品に注ぎ込んだ結果、彼が唯一無二の存在となったのは周知の通りです。
『男はつらいよ』は、吉永小百合さんなど大女優を配した作品の人気も高いですが、私が最も印象的だったマドンナは、新珠三千代さん。
登場シーンでは、美人ではあるけれど“ぬるん”とした表情で地味な演技に徹しています。しかし、映画が進むにつれ、みるみる美しくなり、終盤には観客誰もが寅さんの手に届かない女性なんだと実感させられてしまう。こんな演技ができる女優はそうはいません。本物のプロだけができる仕事です。
■第3作『男はつらいよ フーテンの寅』(1970年)
旅館の女将・志津(新珠三千代)に恋心を抱いた寅は、番頭になって働いていた。志津のために志津の弟と芸者の恋も実らせた寅だったが、志津には意中の人がいると知らされる。
【プロフィール】
楠木建(くすのき・けん)/1964年生まれ、東京都出身。一橋ビジネススクール特任教授。専攻は競争戦略。経営とは一見無関係な書評、映画評から経営戦略論に落とし込む『戦略読書日記』(プレジデント社)など、著書多数。
※週刊ポスト2024年1月1・5日号