今年は世界的な“選挙イヤー”となるが、最も注目されるのが11月の米大統領選だ。ロシア、中東情勢が混迷を極めるなか、誰が次期米大統領になり、どう動くのか。そして日本はどのような舵取りを迫られるのか。外交ジャーナリストの手嶋龍一氏と、元外務省主任分析官で作家の佐藤優氏が読み解く。【全3回の第2回。第1回から読む】
手嶋:バイデンは中東・ガザ地区の紛争でも的確な采配を振るえず、事態を一層混迷させてしまった。
佐藤:関係者が頭を抱えたのは、バイデンが演説でハマスとプーチンを同一視したことです。本来、「ウクライナ戦争は国家間戦争だが、ガザ地区の紛争はイスラエルとテロ組織の戦い」とのロジックを用いてテロとの戦いを名目に、プーチンや習近平に協力を呼びかけてハマスを孤立させるべきだった。しかし、あの演説でパレスチナとイスラエルの国家間戦争というフレームになってしまった。
手嶋:ニッポンにとって米大統領は我々が考えるより重要な存在です。9.11テロでは、ブッシュ大統領が「米国を襲ったテロリストと彼らを匿う国家を分け隔てしない」と断じて、米国は無制限、無期限の対テロ戦争に突入していきました。
佐藤:泥沼化する中東で懸念されるのが「核の連鎖」です。イスラエルの閣僚が「ガザ地区への核投下は選択肢のひとつ」と発言して物議を醸しましたが、ガザで核を使えば風向きの関係で死の灰がイスラエル本土を襲うため可能性はゼロ。発言はイランの影響下にあるヒズボラ(レバノンのイスラム教シーア派民兵組織)への牽制でしょう。ハマスの10倍以上の戦力を持つヒズボラになら、イスラエルは戦術核に分類される小型核を投下するかもしれません。
手嶋:イスラエルは公には認めていませんが、明らかな核保有国ですから。
佐藤:心配なのはサウジアラビアの動向です。貧しいパキスタンが核開発を進められるのはサウジが資金源だからで、万が一、イスラエルがヒズボラに核を使用したら、パキスタンにある核がサウジに移動する恐れがある。サウジが核保有を宣言すれば、オマーンやアラブ首長国連邦といったアラブ諸国がイスラエルに対抗すべく、サウジから核を入手するでしょう。
手嶋:表向きは中東に核は存在しないことになっていますが、「イスラムの核」は極めて現実的な脅威になっています。
佐藤:ひとたび中東で核の連鎖が始まったら、ウクライナ以上に核戦争のリスクが高まります。(インド、パキスタン、中国が国境を接する)カシミールでもパキスタン製の核が使われる恐れがある。山岳地帯で死者が少ないと予想され、核のハードルが低くなるからです。
手嶋:ウクライナ戦争にも核の影は延びるでしょう。現にプーチンは「ロシアの核心的な利益を侵された時は、核の使用も辞さない」と明言しています。侮るべからずです。
【プロフィール】
手嶋龍一(てしま・りゅういち)/1949年、北海道生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業後、NHKに入局。ワシントン支局長などを歴任。2005年に退職後、作家・ジャーナリストとして活動。『ウルトラ・ダラー』など著書多数。
佐藤優(さとう・まさる)/1960年、東京都生まれ。同志社大学大学院神学研究科修了後、外務省入省。在露日本国大使館などを経て外務省国際情報局に勤務。現在は作家として活動。主著に『国家の罠―外務省のラスプーチンと呼ばれて』などがある。
※週刊ポスト2024年1月12・19日号