8大タイトル独占の偉業を成し遂げた藤井聡太八冠(21)。将棋連盟会長に就任した羽生善治(53)九段にもファンからの期待がかかるが──プロ棋士の先崎学九段と将棋に造詣が深い作家・芦沢央氏が語り合った。【前後編の後編。前編から読む】
芦沢:タイトル独占によって、挑戦権争いで藤井先生を倒す必要はなくなりました。昨年、藤井先生と名人戦を戦った渡辺明九段(39)は、雑誌のインタビューで「いったん、藤井さんは視界から消えました」という趣旨のお話をされていたのですが「藤井対策は、とりあえず挑戦を決めた後で考えればよい」というある意味でシンプルな状況になったのでしょうか。
先崎:渡辺さんは正直な人ですし、実績も十分あり、藤井さんともかなり年齢が離れていますので「まあ、いいか」と素直な気持ちを語れるのかもしれない(笑)。将棋の世界では、上の人が若い人を負かすのは本当に大変なことですけれども、渡辺さんにはまだまだ藤井さんとタイトル戦を戦ってもらわないと。将棋ファンのためにもうひと肌、脱いでほしい。
芦沢:将棋連盟会長に就任された羽生先生も、ファンからの期待は大きいですね。
先崎:将棋界のシンボルですし、タイトル通算100期の大記録にも「あと1」と迫っているので、当然でしょう。
芦沢:昨年、羽生先生が藤井先生に挑戦した王将戦七番勝負の観戦記を担当させていただきました。屈指の人気を誇るお二人の対決で大変盛り上がったシリーズでした。
先崎:第一人者の羽生さんが、年齢差を言い訳にせず、正面からぶつかって熱戦を繰り広げた。スコア的にも藤井さんから2勝をあげて、実力を示しています。将棋ファンの応援も拮抗していて、世代交代を迫られていたモハメド・アリが年下のジョージ・フォアマンに勝ったボクシング界の伝説「キンシャサの奇跡」の将棋界版を期待する声は私の周りでも大きかったですよ。
芦沢:羽生先生が1996年に達成した七冠制覇と比較し、藤井先生の充実ぶりはどうですか。
先崎:羽生さんは七冠達成前にタイトル戦で何度か敗退していますが、藤井さんはここまで番勝負をすべて勝っています。盤上も盤外も洗練されたいまの将棋界にあって、半世紀以上、破られていない年度最高勝率の記録(中原誠十六世名人が1967年度に記録した8割5分5厘)まで塗り替えようとしている藤井さんの活躍は、羽生さんのさらに上を行く難度のように思いますね。
芦沢:羽生先生は会長職との兼任で、研究にあてるお時間があるのかどうか、心配になってしまいます。