2021年の東京五輪・ボクシング競技において、女子フェザー級で金メダリストとなった入江聖奈さん。準決勝は相手をアグレッシブに攻め立てる「ツノガエル作戦」で、決勝では理詰めで相手の手を封じる「トノサマガエル」作戦で勝ち上がった。以前より彼女のカエル好きはアマチュアボクシング界でも有名で、彼女を気分良くリングに立たせるためにもこうした作戦名がコーチ陣より付けられていたという。
一躍、ニューヒロインとなった日本体育大学の3年生に対して、記者会見では「2024年のパリ五輪も目指しますか」の質問が飛んだ。すると入江さんは迷いなくこう断言した。
「目指しません」
23歳になった入江さんが振り返る。
「オリンピックに臨むあの緊張感と練習にもう一度は耐えられないと思って、オリンピックの1か月前には心に決めていました。第2の人生のことを考えると大学卒業で引退するのがベストなタイミングかなと。ボクシングの楽しさも知っているし、金メダルを獲ってこれ以上の悦びはない。だけど、ズルズルと現役を続けてしまうのだけは嫌だった」
オリンピアンには、引退後、後進を育成する役割も自然と生じるだろう。まして、メダリストとなればなおさらだ。
「最近はアマチュアボクサーもスポンサーがついて、生活するだけなら困らない。だけど、私自身がボクシングで食べていこうという気持ちが微塵もなかったんです。もしかしたら、大学のコーチは指導者として残って欲しい気持ちがあったかもしれませんが……」
複数のゲーム会社などからリクルートの声がかかるなか、入江さんが第2の人生に選んだのが、「カエルの研究者」だった。五輪後から猛勉強に励み、国立である東京農工大の大学院に合格。現在は農学府自然環境保全学プログラム修士課程の1年生である。
「カエル好きがあまりに有名になったことで、バラエティ番組などに呼ばれるとカエルのクイズ問題を出される機会が多かったんです。そこで間違った回答をしたらまずいなと思ってカエルの勉強を始めたところ、むちゃくちゃ面白かったし、よりカエルが好きになった。調べても調べてもわからないことがあるし、知れば知るだけわからないことが生まれてくる。好奇心がそそられ、カエルの研究をしてみたいと思うようになりました」