「朧月夜は2人を天秤にかけつつ、朱雀帝の寛容さに涙ぐむ。すると朱雀帝は、その涙はどちらのためのものなのか、とつぶやく。人並みはずれて優れた弟への劣等感と、自分は帝であるという自負が入り交じった、細やかで複雑な感情が伝わってきます」(奥山さん・以下同)
光源氏をめぐってライバル関係にある、紫の上と明石の君が初めて対面するシーンも名場面として知られている。紫の上は、まだ幼かった頃に光源氏に誘拐同然に連れ去られて手元で大切に育てられた女性で、『源氏物語』では光源氏に次ぐ重要人物。対する明石の君は、光源氏が京を追われ流れ着いた先で出会い、心を通わせた女性。光源氏が復権した後、明石の君を京に呼び寄せた。互いを認め合う美しい場面とされているが、奥山さんによると、もう少し複雑なようだ。
紫の上は明石の君を見て、身分は低いが確かにすばらしい女性だと認め、光源氏の心を奪ったのも当然だと思う。
「紫の上はここで『目覚まし』という言葉を使っています。目が覚めるほどすばらしいという意味ですが、これは現代語の『目障り』にも通じます。つまり明石の君をほめながら、ちょっと目障りというニュアンスもこめているんです」
一方の明石の君は、紫の上の美しさに圧倒され、彼女が光源氏の女性たちの頂点にいることに納得する。
「そう思いつつも、宮中で紫の上と並んでいる私も偉い、といったことも書いています。とはいえ紫の上が豪勢な行列で宮中から帰るところを見て、私にはあんな行列はしてもらえない、と身分の違いを噛みしめるんです」
単なる光源氏の恋物語では終わらず、こうした立場の違いや子供の有無などからくる一面的ではない心理描写の巧みなシーンが多いほか、女性たちの成長も描かれ、人間ドラマとして非常に優れているのだ。
(後編につづく。後編では『源氏物語』現代語訳の読み比べを紹介します)
取材・構成/仲宇佐ゆり
※女性セブン2024年2月1日号