1000年の時を超えていまなお読み継がれる日本最古の長編小説『源氏物語』。作者の紫式部の生涯を描くNHK大河ドラマ『光る君へ』がスタートし、吉高由里子演じるまひろ(後の紫式部)と柄本佑演じる藤原道長が今後どう絆を深め、『源氏物語』がどう紡がれていくのか、期待が高まっている。これを機に『源氏物語』を読んでみたいが、では書店に居並ぶ数々の現代語訳の中で、いったいどれを読めばいいのだろうか。7つの作品を読み比べた。【前後編の後編】
魅力にあふれる『源氏物語』を現代語訳で読むには、どれを選べばいいのだろうか。『源氏物語』は名だたる作家が現代語訳に挑戦しているだけに甲乙付けがたい。
今回、その読み比べをしてもらったのは文筆家の渡辺祐真さん。YouTubeチャンネル『スケザネ図書館』、TBSラジオ『こねくと』などで読書の楽しさを発信、昨年末には『みんなで読む源氏物語』(ハヤカワ新書)の編集を担当し、俵万智さんをはじめとする作家の寄稿や対談などで『源氏物語』の魅力を多角的に分析した。渡辺さんは語る。
「現代語訳は自分と相性のいいものならどれでもいいと思いますが、とはいえ長い物語なので、どの現代語訳を選ぶか、とても大事ですよね。自分に合うのはどれなのかを考える上で、今回、原文との距離感をポイントにして、有名な冒頭『いづれの御時にか~』を引用しながらそれぞれの特徴を解説しました」
そして出来上がったのが別掲の表だ。いちばん右が紫式部の原文。そしてその横の谷崎潤一郎訳が最も原文に近く、与謝野晶子、円地文子と瀬戸内寂聴……と左側に行くにつれ、少しずつ原文から離れていく。
「紫式部が1000年も前に書いたとされる古文ですから、原文はわかりにくいんですね。当時の人には常識だった背景知識は書いてありません。そこを補足すると、わかりやすくなりますが原文との距離は遠くなり、補足しないと近くなります。
谷崎は平安朝の気分を阻害しないため、あえて意訳を試みないと宣言するなど、その作家がどんなスタンスで訳しているかも違い、読み比べること自体も面白いです」(渡辺さん・以下同)
例えば角田光代訳は言葉や背景の説明を本文に入れ込んで訳している。現代語訳の「幾人もの女たちがそれぞれに部屋を与えられ」という部分は原文にはない。
「原文の女御、更衣という言葉は天皇の妃たちの身分を指す言葉です。それぞれに部屋が与えられていて、その部屋の名前で呼ばれているわけです。桐壺の更衣は、桐壺という部屋にいた更衣のことです。角田訳がすごいのは、ぼくらが知らない女御や更衣という言葉を、説明するような形で訳しているところです」