三重県の松阪市役所には最強の公務員がいる。リオ五輪の女子レスリング69kg級金メダリストであり、2021年の東京五輪(68kg級)にも出場した土性沙羅さん(29)だ。昨年3月に現役引退を発表すると同時に、夫と共に生まれ育った故郷に戻り、彼女は公務員となった。
土性さんのデスクがある松阪市教育委員会事務局スポーツ課を訪ねたのは、実は筆者は2度目。前回の訪問時は12月17日に開催される「みえ松阪マラソン」という大きな目標に向かってPR活動に勤しんでいた。そして、2度目の訪問はそのみえ松阪マラソンを終えた翌日の月曜日だった。
「参加者はもちろんのこと、想像以上にたくさんの方々がボランティアとして関わってくださっていた。改めて、多くの方の力を借りて運営できた大会だと思いましたし、『楽しかった』『来年も出たい』という声をいただいて、私たちもパワーをもらいました」
天候と気温にも恵まれ、フルマラソンを含む3部門には計8000人が参加したという。土性さんはスタート会場の運営にあたり、松阪市長と行動を共にしながら最後はゴール手前にある坂の沿道から声援を送った。
「ひと仕事を終えて、ホッとしています」
松阪市は土性さんが市職員となったことから「伝えたい! スポーツのチカラプロジェクト」をスタート。その一環として土性さんが自身の経験談を伝える「出前授業」を企画し、2023年はおよそ半年の間に小中学校の生徒や保護者を対象に26回もの講演活動を行ったという。
土性さんはリオ五輪の決勝で試合終了間際の逆転劇で金メダルを獲得したあと、肩の亜脱臼に苦しみ、手術を経験した。苦しみながら、時に敗北を味わいながら、最後の最後に東京五輪の代表権を獲得。しかし、自国開催の五輪ではメダルにすら届かなかった。天国と地獄──その両極端のアスリート経験が講演にも活かされるだろう。
「スポーツを経験すれば、必ずしも良い結果に終わるわけではないですよね。金メダリストになれた悦びを伝えると同時に、その後に大きな挫折を経験しからこそ、負けた選手の悔しさも子供たちに伝えることができると思います」