「選挙ポスターより見慣れた」といわれた警察の指名手配のポスター

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 健康保険証がないということは、歯が痛くても治療できないということだ。実は、かくいう私も40代のとき、ギャンブル依存症の荒れた生活がたたって、短期間だけど国民健康保険を失ったことがある。あのときの恐怖といったらない。またそんなときに限って、夜中に突然、不整脈が出る。乳房のシコリも気にかかる。“身から出たさび”を毎日、見つめながら暮らしてたっけ。

「自分は桐島聡です。最期は本名で迎えたかった」

 そう語った男は胃がんの末期で、食料を買いに行こうとして歩けなくなり、通りがかりの人に助けられ、救急車で病院に運ばれた。身柄確保の4日後にこの世を去った男の末期を聞いて私がすぐに思い浮かべたのが、敬虔なキリスト教信者のTさん(75才)の言葉だ。

 彼女の父親は、長女であるTさんをはじめ家族全員を信者にして、教会にそれなりの寄付をしたという。なのに当の本人は「戒律が守れない」と言い続け、周りからどんなにすすめられても信者にならなかったそう。そして末期がんでいよいよ死期が迫ってきたとき、やっと洗礼を受けた。その姿を間近で見たTさんは怒りが消えなかったという。

「うちの父みたいな駆け込み信者を“天国泥棒”と言うんです。最後の最後で神にすがって『安らかに眠りたい』って、虫がよすぎますよ」と彼女は吐き捨てるように言っていた。

 桐島とみられる男も今際のきわに本名を名乗った。何人もの死傷者を出す大事件を起こし、名を変え、過去を捨て、半世紀にわたる隠遁生活を送っておきながら、最後の最後に“宗旨替え”をした。その真意はいかばかりか。

 もし最後の最後の願いが本質だとしたら、夫も子供もいない私は何を欲しがるのか。あれかこれかと考えていたら、あっという間に時間が過ぎた。

【プロフィール】
「オバ記者」こと野原広子/1957年、茨城県生まれ。空中ブランコ、富士登山など、体験取材を得意とする。

※女性セブン2024年2月22日号

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