第157回直木賞受賞作『月の満ち欠け』から7年。待望の受賞第一作『冬に子供が生まれる』は、佐世保在住の著者・佐藤正午氏にとって、作家生活40周年の節目を飾ることにもなった。
「僕は地元でもまるで尊敬されていない、ただの小説家ですから。直木賞の時はさすがに驚かれましたけど、『凄かやろ?』『凄か』って、それで終わりです(笑)」
〈その年の七月、七月の雨の夜、激しい雨の夜、丸田君のスマホにショートメッセージの着信があった〉と何やら唐突に書き出される本作は、しかもそれが〈現実に起こりうるはずのない言い掛かりのような予言で、彼にはまったく身におぼえがなかった〉と続き、読者の視線を件の文面へと誘導してゆく。〈今年の冬、彼女はおまえの子供を産む〉──。
さらに彼を丸田君と呼ぶ〈私〉や彼女の正体、また丸田にも〈マルユウ〉こと丸田優と、〈マルセイ〉こと丸田誠一郎がいて、元同級生達はどうやら2人を混同して憶えているらしいことなど、気になる謎が立て続けに提示される。が、筋立てだけを追うと往々にして読み損ねるのが佐藤作品。まさに一字一句一文をあるがままに読み進めたい、小説としか言いようのない小説である。
「元々は20年くらい前かな。新聞にブータンの子供達の笑顔と対比する形で載っていた、日本の塾帰りらしい2人の少年を背後から捉えた1枚の写真から始まりました。そのちょっと窮屈そうな、都会の小学生が肩を組んで歩く姿に心を動かされ、何とかこれを物語にしたいと思って取っておいたんですね、切り抜きを。
そうこうするうち真昼にUFOを見たという人の話とか、『茨木のり子詩集』の言葉とか、いろんな断片がくっ付いてきて、ようやく書く作業が始まるんです」
ここで種明かしをすれば、本作全体の語り手である私とは、彼らの中学時代の恩師〈湊先生〉である。小学生の頃、背格好の似た2人を転校生の〈佐渡理〉がマルユウ、マルセイと呼び始めたこと。かつて彼らが謎の飛行体を目撃した〈UFOの子供たち〉として地元紙に載り、この3人組に中学から加わったのが、小学校の元担任〈杉森先生〉の娘〈真秀〉だったこと。そしてマルセイが急死したと聞かされるまで、マルユウがマルセイと真秀の結婚を知らないほど疎遠だったことも、読者は湊先生の手記を通じて知らされるのだ。
「最初は三人称で書いていたんです。『月の満ち欠け』に味を占めてね。でも無理でした。なんか嘘っぽくなるんですよ、神の視点で書くと。その点、湊先生は僕と同い年だから一番リアルかなあと思って、定年後の彼が〈その年〉の出来事を振り返る形にした。
僕自身、発見だったのは、視点人物が作中に登場した後も、一人称が私じゃなく先生のままで行けたこと。あ、こういう小説も書けるのか、そんな書き方をする小説家、他にいないだろうなって。実は自慢です(笑)」