「これでは不正の内部告発ができなくなる」「企業が内部通報者を潰そうとしている」──2022年7月に「ナメクジ超大量発生」などとX(当時はTwitter)に投稿し、店の不衛生を告発した大阪王将フランチャイズ店の元従業員(25歳)が、2月13日に威力業務妨害の疑いで仙台南署に逮捕されると、SNS上ではこんな声が溢れた。
しかし、この事件を「公益通報した人を企業が訴えて逮捕させた」と捉えるのは、正しい見方と言えるのか。読売新聞の報道(2024年2月16日付)では、元従業員は〈容疑を認めている〉としている。それが「虚偽の内容を投稿した」と認めたのか、「投稿内容に間違いはないが、業務を妨害するために投稿したのは事実」と認めたのかは不明だが、警察が逮捕にまで至るにはそれなりの理由があるはずで、改めてこの事件を見直す必要がある。
公にされている情報を整理しただけでも、疑問点は2つある。1つは、本当に大量発生していたかである。元従業員は2022年7月24日に、ナメクジらしきものが写った厨房の写真を添えて「ナメクジ超大量発生しています」とLINEで店長に伝え、店長が「ザルにもいるから気をつけて」と答えたやりとりのスクリーンショット画像をXに投稿。これがSNSで拡散された。
しかし、この写真は解像度が低いため、どれがナメクジなのかよくわからず、仮に中央の土色で半球体状のものがナメクジだったとしても、写っているのは1匹で“超大量”とは言えない。元従業員の他の投稿には、店で猫を飼っていることを示す写真はあるが、ナメクジやゴキブリなど害虫の写真はこの1点のみ。つまり、元従業員がXなどSNSで発信したのは、「ナメクジ大量にいる」「ゴキブリ出過ぎ」などの“言葉”だけで、“超大量発生”の証拠と呼べる写真は他に1枚もない。
もう1つの疑問は、本当に大量発生しているなら、Xに投稿する前になぜ保健所に通報しなかったかである。公益通報の制度に詳しい横浜法律事務所の笠置裕亮弁護士はこう語る。
「仮にナメクジやゴキブリの大量発生が事実だったとして、元従業員に職場環境を改善しようといった目的があったとしたら、明確な証拠写真もないのにいきなりSNSに投稿するという手段は通常採らないでしょう。まず社内の窓口に通報し、そこで握りつぶされそうだとなったら、管轄の保健所に情報提供するという手順を踏むはずです。いきなりSNSに投稿するというのは、業務妨害が目的ではないかと疑われても仕方がありません。
公益通報者保護法による法的保護を受けるには、証拠がきちんと確保され、正当な告発であることを示す必要があります。過去の裁判例で見ても、公益通報として保護されているのは、証拠を十分に確保していて、『この人を処分するのは明らかに正義に反する』と言える事例がほとんどで、今回のケースはそれには該当しないように見えます」