伊吹亜門氏の最新刊『帝国妖人伝』は、実はこうした欄でご紹介するのが困難な性質を、構造的に孕む。
「です、よねえ……(苦笑)。それでもミステリの醍醐味はやっぱり驚きにあると私は思っていて、『え、この話ってこう続くの?』とか『こうオチるんだ!』とか、謎やトリック以外の部分で読者をアッと言わせる作品を書いてみたかったんです」
舞台は日露開戦を控えた明治半ばから昭和にかけて。一高卒業後、文学を志し、ひと頃はかの尾崎紅葉先生に自作を褒められる名誉にまで与りながら、今や頼まれるのは三文記事ばかりの貧乏作家〈那珂川二坊〉を視点人物に、本書では彼が行く先々で出くわす事件や、この少々鈍い探偵役(?)に代わって名推理を披露する「隣人AやB」との邂逅を、計5編の連作短編に描く。
実はこの著者いうところの隣人こそ、近現代史上の知る人ぞ知る人物達であり、「〈あの人〉たちの妖人ぶりにあらためて瞠目した」と有栖川有栖氏も帯に寄せるように、そこまでは言えても具体名は何も言えないところが、本書の困難にして最も面白い肝なのである。
同志社ミステリ研究会の出身で、本格ミステリ大賞受賞作『刀と傘』を始め、歴史と本格推理を融合した数々の人気作を持つ伊吹氏。本書に〈神は人間を、賢愚において不平等に生み、善悪において不公平に殺す〉という山田風太郎の箴言を引く彼自身、その作品群に魅せられた1人だという。
「いわゆる史実の交差的な趣向に、私の場合は山風の作品で初めて触れまして。さらに今作に関して言えば、横溝正史に『百日紅の下にて』という短編があって、それを中1か中2で読んだことが大きいと思います。それこそ目の前の光景がラスト数行で一変し、人はトリック以外でもこんなに驚けるんだと思った最初の作品です。そこからいろいろ読む中で山風を知り、そのエンタメ性や完成度に憧れるようになるんです」
例えば第1話「長くなだらかな坂」の場合。二坊が東京千駄ヶ谷の長い坂を上り、その一膳飯屋を訪れたのは、明治36年のこと。〈柳川もどきと稲荷寿司で一杯やって八銭〉という安さもあり、特に病弱な妻の再入院後はそればかり頼んでいる彼は、何とか『万朝報』で〈犯罪実録〉の仕事を貰い、入院費を稼ごうとするものの、題材を見つけられないまま締切前日を迎えていた。